2010年色々と
2010.12.30


有り難うございました。

OKI DUB AINU BANDで明日からネパールへ行ってきます。
「ポカラ音楽祭」というのに出演するのですが、海外での
年越しは初めて。

また帰って来たら、ネパールでの事とか書きます。

昨晩のJIROKICHI、2010の〆となるような良いライヴだった。
巡業
2010.12.21


シアターブルックは明日の札幌が千秋楽です。
書くヒマがあまりなかったので、また一月以上空いての
更新になってしまってますが、だらだら書いて行くと思
いますので、たまに覗いて見て下さい。

とりあえず、b.t-bのツアーも含め、この年末の忙しい中
、各地にいらしてくれた方々、有り難うございます。
風邪にはお気をつけ下さい。

タイジくんはツアー中、ずっと風邪気味でありましたが、
ライヴ中のアンプの上には、喉に良い、という事で、福岡
から良質のオリーヴオイルのボトルが置かれていました。
遠目に見るとアルコール関係かと思われた方もいらっしゃ
ったかと思われますが、有機栽培エクストラヴァージンの
オリーヴオイルだったのだ。
そのまま飲むのは結構青臭くて不味い、と言っておったが、
いっその事、フランスパンも用意して、一緒に召し上がっ
たらいかがだろうか?
スライスしたフランスパンをオリーヴオイルに浸してちょ
っとブレイク!
おしゃれロッカー。
疲れた身体に適度なカロリーを。


それじゃ喉には効かんか.........。
口の中もパサパサになりそうっす。


大阪からツアー初日の金沢へ向けて移動中。
途中の杉津SAにて、笑顔の佐藤くん。後ろは日本海。



そのサービスエリアの展望デッキみたいな所は
所謂縁結び系だったようで、このような事になって
おりました。沢山の南京錠納め所「愛のハートロック」。
「愛のハードロック」「愛のソフトロック」
「愛のサザンロック」「愛のスワンプロック」



同じサービスエリアにて、グルーヴマスターと
カマキリの珍しい2ショット。
ひとそれぞれ
2010.11.17


一昨日は、シアターブルックで怒髪天と渋谷QUATTROにてライヴ。
楽しい共演だった。
怒髪天は良いバンドだな、と改めて実感しましたよ。
演奏も実に楽曲を正しく伝えるための正しい演奏、アレンジも
メロディーもちゃんと心に残るものであった。
大阪でまた来月一緒にやるので楽しみだ。

そんで、その日はクアトロでのリハ〜本番までかなり時間が空いた
のでタワレコに行ったのであるが、なかなか興味深い光景を見まし
た。

ひとしきり色々物色して、最後に3F洋楽フロアに到着、A〜Bのアー
ティストコーナーにさしかかった時です。

タワレコとかって、視聴機が各アルファベットコーナー毎に設置
してあって、気になった曲を聴く人や、目当てのアーティストの新譜
をチェックする人がヘッドフォンを耳にして佇んでたりしますよね。
あと気に入った曲見つけてノッている人とか。

めちゃノリノリの人がそのA〜Bのコーナーにいたんです。
その人は背が高い黒人の人でした。
軽〜いかんじでステップふんで、柔らかな16beatの横乗りを漂わせ
つつ。

おれは心の中で「お、黒人さん、ノリノリだね、何聴いてらっしゃ
るんですか?」と。
きっとこの人は
何か、ファンキーな何かで盛り上がっているんだろう、と。

が、コーナー近辺ではただ今ボンジョビが一押しのようで、結構な
音量でもってボンジョビの楽曲がかかってました。
そう、最近カップヌードルのCMでもおなじみのあの曲が。
ボンジョビは最近新譜が発売されたんですかね、それともベスト盤
とかBOXセットとか出たんでしょうか?
ま、とにかくボンジョビが鳴っていたんですよ。
ボンジョビはきっとこの人にとっては「違う」ものなんだろうに、
このボンジョビ攻撃は辛いんじゃないか?


で、このボンジョビ攻撃を受けつつも、このノリノリの人はいったい
何を視聴機で聴いてノリノリなんであるか?
と思ったおれは、そっとその黒人青年(あ、青年って感じの人でした
ね)の視聴機に入っているものを失礼としりつつチェックし
てみた。

視聴機(3種類のCDが視聴可能)に入っているCDはどうやら全て
ボンジョビ。ジョン・ボンジョビがリーダーのBON JOVI。

え?ボンジョビでかよ?と思ったおれは何故かその青年と目が合って
しまった.......。
いや、別にそのなんていうか、ボンジョビをあんたが聴いていても何
の文句もないであります。と目で伝えた、つもりで、いや、さっと目
線は合ってないですよ、と取り繕いながら「え〜っと、Bのところは、
あ〜、BeatlesのBOXセット、欲しいけど高いよな〜」とかひとりごち
ながら5m程その黒人青年から遠ざかったのであった。

彼はその後も暫くノリノリでした。

いや、別にブラックの彼が所謂ブラック系の物を聴いてなくても何の
問題もない、いや音楽は人種という垣根がない物であるし、いやあっ
たりする事もあるよな現実.....4F(渋谷タワーレコードは4FがSoulで
あるとかR&BであるとかHIP HOPであるとかREGGAEであるんだが)で
はなく、3F(ROCKであるとかPOPであるとかPUNKであるとかTECH
NOであるとか)にいる時点で、この彼の、おれのような人を見た目
で判断してしまう失礼なヤツを改心させる柔軟な姿!に完敗です。
すんませんでした。ボンジョビ、買われたんでしょうか?
その後、CD、楽しんでますか?
って、こう書くのがまた失礼か.......。

まぁ、誰が何聴いてもよいんですが、ちょっと不思議なかんじだった
ので。
それと、この話はその黒人の方がどの国からやって来ているか、にも
多少なりとも関係はする気がする。
彼がアメリカからなら不思議度高し。ボンジョビはアメリカ産だが。
ヨーロッパからの人でもまぁ不思議。
アフリカからの人だと、意外とあんま不思議じゃないかも。
その黒人青年の服装はHIP HOPとか聴きそうな感じでもなかったし。


さて、ちなみに自分、ボンジョビは全く聴きませんし、あまり興味も
無いのでありますが、あれだけのビッグネームになるにはそれなりの
彼らの力があるんだろうし、興味の無い自分が覚えてしまうほどにキ
ャッチーなメロディーの曲が幾つかあるというのは凄い事だと思いま
す。
穿った見方をすれば、それも宣伝の力とかあるんでしょうけど、売れ
る、人の心に何か作用するもの、というのはそれなりの理由がありま
す。


最後に、今日、youtubeで非常に面白いものを見つけでしまったので
リンク。※最後の文の所にポインタをもって行くと文の色が変わりま
すんで、クリックしてみて下さい。

アニメ効果って凄いですな。
シアターブルックの曲が海を渡ってこんな風になってるとは........。

この歌っている人はどんなバンドが演奏しているとか知っているんだろうか?


台湾で食べた珍しいデザート。

芋系のアイスが基本なんであるが、まず、生春巻き
とかの生地見たいのに大量のピーナッツを飴で固め
たものをカンナで削った粉末をのっける。
おっちゃんがカンナで削ってます。



そして、上に書いた、アイスをのっける。

その次が、アジアならでは。

なんとパクチー、つまり香菜をその上にのせる。

そんで、それをくるりと巻いて食す。

これは食った事ない味。
アイスとパクチーの取り合わせという
発想は意外であるが、不思議と美味かった。



台湾花蓮のトウモロコシ屋台。

日本のそれと風情はかわらんが、このトウモロコシ
には味噌のようなものが、醤油の変わりに塗ってあ
る。焼きは、強めでした。
まだ写真もあまってるし
2010.11.12


そのうちなんかのっけます。
台湾道中の6
2010.11.03


せっかくの写真を消費させたい。
ま、べつに大した写真じゃないけど。

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本日、KOTEZ君監修演奏&ホトケさんも参加の「ブルース・ハー
モニカの扉」が鈴木楽器より発売!!!インフォメーションのペ
ージにリンク先とかありますので、ご覧下さい。


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◎台湾記の続き◎

車に15分程揺られ、民宿へ到着。
昨日の野外宴会場にて23時過ぎよりダラダラ飲み出す。
参加者は昨日の半分位であったが、鶏の足(まさに足、指がついてる
ところや、ダックの足、水かき付き!)や鶏のスペアリブみたいの、
(ってか見た目はフライドチキンの食べ残しに酷似)や鶏レバー焼き
、とかが中心のツマミをつつきつつ。
で美味い事は美味いが、肉苦手の内田氏、鶏肉嫌いな太さんは凹む。
あ、超絶美味い豆腐花もあった。酒の肴ではないが。
この日は食というよりビールで腹が膨れる。
そんで、お茶おじさん攻撃。
花蓮滞在中の機材や人の運搬係をやってくれたハオエンの知り合いの
おっちゃんが美味い中国茶をこの宴会中に振る舞いまくる。
正規の中国茶マナーにのっとり、コンロで湯を沸かしつつ、ちゃんと
した茶器を使って。

湯のみが空になると、すかさず注ぎにくるのだ、ニコニコで注がれる
と「いや、もう結構です」となかなか言えない雰囲気。
「わんこ蕎麦」ならぬ「わんこ茶」かよ........。
中国茶の湯のみは日本茶の湯のみより明らかに小さいものであるが、
20杯以上いただいた気がします..........でもあまりお腹ががぽがぽにな
らなかったな。

翌日は朝の6時起きだというのに結局3時くらいまでの宴会でした。

頑張って6時に起床、食堂にて珈琲を頂いた後民宿を出発。
お茶おじさんとハオエンの運転する車で花蓮の空港へ。

ここから8時40分頃の飛行機で台北松山空港へ。お世話になったハオ
エン、お茶おじさん、ありがとう。

そんで松山空港からはジャンボタクシーみたいなマイクロバス、いや
マイクロバスみたいなジャンボタクシーに乗って台湾の国際空港へ。
途中、N氏の「台北でごま団子プリーズ」のリクエストがあり、屋台
に寄るが、早い時間帯ではまだ売っていないとの事、残念。
皆の昼食用のお弁当をヨシエさんがゲットしてくれて、国際空港へ到
着。
チェックイン後12時45分発なので空港内でお弁当を食べられる所を
探すが、なかなか大人数が弁当を広げられる場所は見つからず。
ヨシエさんが無理矢理空港内のレストランで弁当食っていいか交渉。
「まぁ、無理じゃね」と皆思っていたが、なんとOKでました。
最初は「何言ってんの?」って感じの店員も、事情説明及び、ドリン
クはここで買うからダメ?という交渉にまぁいいですよ。になった。
ここで驚き!なんとスープをサービスで出してくれたのである。
なんて親切なレストランだ。てか台湾の人皆親切だったけど。あ、約
一名親切じゃないヤツいたな。
話はさかのぼるが、オキさん太さんが数日前に単独で台湾で演奏した
際にPA関係をこの男、あ、説明すると、この台湾道中の4「花蓮へ」
(10/31記)の回、上から31行目辺りから登場して来る現場主任風の
男、が担当したそうなのであるが、演奏中にいきなりPAをオフにして
しまう、という失態を犯したそうだ。そういう事故もまぁ起こる時は
起こってしまうので致し方ないのだが、なんか一々言い訳していて、
見苦しかった、とのこと。テンパリやすいヤツなのか?

そんな人もいましたね〜、ということで。

昼食も終わりまして、台湾でさんざんお世話になったヨシエさん及び
TCMの小Pちゃん、ヨンくん、ナナちゃんともお別れ。
また台湾公演を実現させましょう、そして日本でも是非(TCM関係の
アーティストの来年の沖縄でのフェス出演が決まっているそう)と約
束をし、セキュリティーチェックのゲートへ向うDUB AINU一行でし
た。
ゲートでは相変わらず内田氏が入念な持ち物チェック。
大事な仕事道具テープエコー(内田氏PAミックスの必需品の機械は空
港職員には怪しい箱にしか思えないので致し方ないです........。

3時間程のフライト中、お弁当を食ったので機内食はノーサンキューで
した。プライベートで映画を観られる飛行機だったので、半分眠りなが
ら映画鑑賞。最近観た「トイ・ストーリー3」をまた観ようかと思いま
したが、「プレデターズ」にしました。「戦場のピアニストの人」、も
しくは「キャデラック・レコーズ」でレナード・チェスを演じたエイド
リアン・ブロディがマッチョになってプレデターと戦っているのが妙で
........。

そうこうしているうちに成田着。
いや〜近いな、台湾。沖縄の離島辺りに行くのと変わらん。実際に地図
上でもそうだが。
いろいろあったが良い旅でした。
成田からはバスで自宅最寄り駅まで。そこで晩飯。
なんかうどんとか食いたくなったので、デパートのそういうものがある
店に入った。
天ぷらうどんを食っていたんだが、ここで謎の婆さん目撃。
最後の最後で凄いの目撃。
10代〜20代の服装(膝上スカート、ハイヒール)で10代〜20代のギャ
ル風メイク(個人的な感想ですが)をしたお婆ちゃん。
多分歳は70近いはず。もしかすると70オーバー。
まあいつまでも若くありたい、おしゃれでいたい、っていうのはある意
味よい事だと思うんですが、それとこれとは..........。

いきなり店に入って来て「忘れ物をしたはずなんですが、ありませんか
?」と。店員の若い女の子は「見かけませんでしたよ」と普通の対応を
していたが、明らかに動揺。
お婆ちゃんはあきらめて帰って行ったが、店員の子は「いやだぁ〜、夢
に出て来たらどうしよぅ〜」とビビってた。
おれが座っていた席はその店の入口のすぐそば&入口向きに座していた
ので、お婆ちゃんが入って来たときから目が点に、というか空いた口が
塞がりません、というか口からうどんを垂らしたまま固まる、というか
鼻からうどんbyマンモス西(明日のジョー参照)になりましたけど、い
や正確には鼻からうどんは出ませんでしたけど、確かに夢に出て来てほ
しくないです。
そんな婆ちゃんにForever Young by Bob Dylan。

その後、飯食って帰宅、ほとんど寝ていないので、爆睡しました。
台湾、ありがとう。最後の最後で婆ちゃん、なんかよくわからんけどあ
りがとう。



久しぶりの海外だったので、思いのほか長く詳細な記録になってしまい
ました。ほとんど実際の話ですが、思い出しながら書いたものなので、
適当なこともあるかと思う。


お茶の時間。
左がミュージシャン兼民宿オーナーのハオエンさん。
右がお茶おじさん。



ブランコでご機嫌のお茶おじさん。
とにかく人に勧めるのが好きなようで.......。
お茶もそうだが、我々の中で唯一おれが喫煙者だと
知ると、やたらタバコをくれた。
間の悪い時など、一服した直後に遭遇し、立て続けに
二本目を吸う事になる。
なんだか断るもの悪い雰囲気があったので......。
ちゃんと中国語でのNo Thank Youを覚えておくんでした。

でも運転とかいろいろ有り難う、おじさん。
名前知らなくてすまん.......。



台湾の空港にて。

台湾TCMの人達と通訳をしてくれたヨシエさん。
左からナナちゃん、Pちゃん、ヨシエさん、ユンくん。
(知らない人が一人写ってしまった)
お世話になりました。また会いましょう。
台湾道中の5
2010.11.01


久々の海外なのでまだ書くよ。

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11/12に追記です。


花蓮二日目の朝は快晴で夏のごとく。(10/24日の出来事)
台湾はまだまだ暑かった。
この日、演奏前に出演者の記念撮影をしたいとの主催者側からの要請
にて、現場へは午前11時入り。まずは施設の裏手にある出演者控え室
へ向う。前回も書いているが、この施設は日本の酒造会社のもちもの
だったのだが、この控え室として使う建物は、その時代の従業員宿舎
だったとのこと。
なるほど日本家屋な作り。内部は現在は使っていないはずであるが、
仮眠出来るようになっていたり、水道も来ていた。
畳敷きの室内はこのまま住みたくなる雰囲気もある。
暫くしてイヴェントの開会式が始まり、我々もなんとなく参列。
なにやら市だか区だか県だかのお偉いさんも多数登場して、ご挨拶が
暫く続くのだが、勿論、何をおっしゃっているのかさっぱり分かりま
せんですわ。まぁ「本日は先日の台風が嘘のようなこのような晴天に
恵まれまして、お暑い中、お集りの皆さん有り難うございます」「こ
の音楽祭はかくかくしかじか.....でありまして......でありますから......
のようにですね......であることを.....というわけで.......ここに開催出来
ることを......であります」ということでしょう、きっと。
でこのようなご挨拶が5名程。
その後、最初の出演者である中国からのお客様「薩頂頂」さんの歌が
オープニングソングとして3曲程。
我々は出演時間までまだ4時間程あったので、一旦、控え室に戻って
飲茶のような軽食を頂いたりしたのだが、またこれが大量に用意して
くれていて、一生懸命皆で食べたが、全部は食えず。
台湾は料理の量が多い。これは中華圏の食事文化が、客人をもてなす
際のマナーなのだろう(客が食事をきれいさっぱり平らげるのを良し
しない、というか残す位に出さないと失礼という)。
残った分はもったいないので、主催側に他の皆さんでも召し上がって
下さい、と返しました。
そしてその後、会場そばの繁華街へ皆で散歩。
とここで記念撮影はどうなったのだ?という話だが、せっかく早く来
たのにそんなものは行われなかった、なぜか......不明。結構いい加減
です。
どうなってんすかね?とTCMの人とかに聞くと「台湾スタイル!」
で終わってしまうのであった。まぁいいや。

繁華街へでると花蓮の街も結構賑やかで活気に満ちていた。
暫く商店街をあっちへこっちへ。気になる物があると覗き、買い食い
とか、お茶屋で試飲とか。あ、こっちでは「喝」は「飲む」という意
味があるそうだ。試飲は「試喝」になっていた。「試しにカツを入れ
てみろ!」じゃないんだね。

さんざんぶらつき、演奏時間が近づいてきたので、現場へ帰る。
と、なんとプログラムが巻きまくっていると。
大体30分位早く進んでいたかも。
「巻く」、とはこの場合、あらかじめ計画された時間運びより早く事
が進行していっている、という意味です。
ちなみに逆の場合、つまり進行が時間を超えて後ろへずれ込んで行っ
てしまう事を、「押す」と言う。

それでまあ、あんまり慌てて開始するのもなんだし、心の準備も出来
てねえし、いや楽器とか衣装とかその他セッティングもあるし、早め
に演奏を開始してしまって、時間に合わせて来る予定の人や、その時
間にならないと来られない人が困るのもあるので、主催者側に交渉し
たところ、予定通りの時間に開始でかまいません、とのことになる。
なので時間通りスタート。
会場内はきれいにパイプ椅子が整列で、お客様も暫くはかしこまった
状態で聴いていたが、その内反応も良くなって来て、最終的には結構
な拍手喝采を頂いた。用意して来た物販CDも完売してしまったとの
こと。成功ではないでしょうか。
ただPAミックス内田氏はミキシング中に現地のおばちゃんに「うるさ
いから音さげろ!」と言われたらしい。
いや厳密には中国語で言って来た為に何を言っているのかは分からな
かったそうだが、両耳を手で塞いでイヤな顔でなんか言って来たので
、おそらく。
どうしたの?と聞くと、「シカトしました」と言っていた。
暫く主催の方々とか聴きに来てくれた方々と歓談とか記念撮影(お、
そういえばここで記念撮影?これが記念撮影だったのか?でもオフィ
シャルの撮影とか言っていた割になんともゆるいムード満点であった
が)をし、その後、件のインドネシア民族舞踊を横目に見ながら(こ
れがなかなか会場の雰囲気、時間帯に合っていて良かったんですが、
全部は観られず)会場を後に。

それから夕食ですが、まずはワンタンが名物なので食べに行きましょ
う!と。
ワンタン=こちらでは「扁食」と書くようです。
偏食みたい。偏食児童。
ワンタン作って70年、というヨシエさんがここなら美味いだろう、と
連れて行ってくれた店で食べたが、すごく美味かった。ワンタンとビ
ールしか置いていない店。
肉が苦手な内田氏は買って来てもらった焼きトウモロコシ(何故か)
のみだったが、このトウモロコシも独特の味噌タレみたいのが塗って
あって焼きも日本のものよりも強く焼いてある感じの物だった。
これもなかなかのお味でしたよ。
※台湾の食事の店って、その店で何か注文すれば外部から何か持ち込
んで飲食しても怒られないらしい。

軽い食事のつもりだったが、このワンタン、入れ物の大きさに比べて
(どん兵衛のカップ位)、かなりボリュームがあり、皆これでかなり
満腹になる。
まだ民宿に戻ってお疲れ会があるらしいのだが、とりあえず繁華街を
ぶらついて腹ごなし。更に翌日は時間の都合上買物は出来る可能性が
低いのでお土産等買う人は買いましょうな展開。
現地時間の22時に台湾版ドンキーみたいな所前に集合し民宿へ戻った


宿泊先の民宿を庭から。
広い芝生のあるのどかな所でした。



出演者控え室の前にて記念撮影。
右から3人目はTCMスタッフのナナちゃん。



我々の後の出演者、インドネシアの民族音楽と舞踊。
台湾道中の4 花蓮へ
2010.10.31


まだまだ台湾ネタでひっぱるつもり。


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翌朝は台風一過(台風一過を台風一家と幼少時に思っていた人っての
は結構いるんじゃないでしょうか?自分がそうですが)で快晴。
しかもかなりの暑さ。
さすが亜熱帯。ちなみに台東とか高雄とか台北より緯度が下のほうは
熱帯になるらしいですよ。台湾の中央部を北回帰線が通っているそう
です。

さて花蓮へ移動が決まったわけであるが、その前に皆で昼食に小龍包
を食べに。
台湾→小龍包=◯◯◯という有名店に行きました。
日本の高島屋にも入っている店の本店ですが、大変美味しかったです。
ヨシエさん曰く「日本の店にも行った事あるけど、皮の薄さがちがう
ね、あとひき肉の処理が違うからこっちのとはチョトちがうよ」と言
っていた。
この日は花蓮への移動だけなので、台北出発までの時間を市内散策し
てつぶす。
天気も良いので屋台とかひやかしつつの散歩は楽しかった。
午後2時頃に台北松山空港へ移動。そこから花蓮へ40分程のフライト。
通訳兼ガイド(本当は通訳だけが仕事のはずなんですが、仕事を楽し
んでくれているのかガイドも兼ねてくれた)のヨシエさんTCMのPち
ゃんにヨンくんも同行。
空港からは車でオキさんの知り合いの原住民シンガーのハオエンさん
がオーナーの民宿に。今日から二日間はこちらでお世話になる。
夕刻に翌日の演奏会場となる場所での簡単なリハーサルが出来ること
になり、皆で現場へ。花蓮の繁華街からちょっと離れた場所にある元
は日本の酒造会社が持っていた敷地の中庭がその場所。今回のイヴェ
ントの資料展示の場所等には当時の建物を使っているらしい。
18時頃からリハーサル開始だったんだが、ここで問題発生。
ステージ上の機材、ドラムセットとかアンプとかを普段通りに位置を
移動してセットしようとしたところ、現地の機材スタッフが血相変え
てやってきて「それはダメだから、動かすんじゃない!」とまぁ中国
語で言われていたので正確には何を言っているのだか分からなかった
けど、まあそんな感じで言われた。
単なる回線チェックならまだしも、リハーサルを出来ると聞いて来て
いるのに、それはないべ。
なんてったって、ドラムセットはステージの最後方(ほとんど壁を背
にするような状態)、ベースアンプ&ギターアンプもそれに準ずる。
それでボーカルマイクはステージ最前列。とフロント立つ人とドラマ
ー、ベースアンプ、ギターアンプの間が7m位はなれた状態。サッカ
ー的に後半バテバテになって中盤がら空き、FW前線孤立、MFがDFラ
インに吸収。みたいになっとるということです。おまけにモニターと
か用意してくれんし.......。
理由を問うと、その後のインドネシアの民族舞踊の為、ということな
のだが、ドラムセット、アンプ類の移動なんて、皆でやればあっと言
う間に出来るのにね。大体何の為にリハーサル時間1時間をくれてい
るのか?「終わったらちゃんと自分達でもとの場所に戻すし、問題無
いだろ」と言うが、現場の主任的な男は頑として譲らず。
「これじゃリハーサルの意味ないし、もう帰るわ」と皆で抗議して言
うと暫くして、現場主任的男の上司というか主催の上の方だかがやっ
て来て、移動OKになった。
日本のフェスとかいくつものバンドの転換を現場対応で15〜30分でこ
なすっちゅうのに。仕事すんのが面倒なだけなんじゃないか?
とまあ腹立つ事もあったが、それはこの場を仕切ろうとしていた現場
主任もどき男がダメなのであって、その後、無事リハーサル出来た。
リハ終わったら、丁寧に、ほんとに嫌みなほど自分らで元あった場所
にドラムセット、アンプ類を戻しておいた。

夜になっており、台湾来てからの大食三昧ですっかり容積が増えてい
る腹が大変空腹を訴えていたが、この日は夜に民宿に戻って、皆でBB
Qを、という事になっていたので、宿へ帰る.......はずだったが、美味
い豆腐花アゲイン、あとタピオカティーを飲みたし、のリクエストが
あがったので寄り道。ちょっと屋台村みたいなとこをぶらついたり。
なんか何でもかんでもうまそうだ。ただし臭豆腐は除く.......実体は見
てないが、匂いで勘弁です。倒れそうだ、あれは。
そんで件のデザート類をヨシエさんらにゲットしてきてもらい。宿へ。

一杯人が集まっていた。オーナーの友人達や親戚やら歌手仲間やらそ
の子供やら.....たいそうな賑わいで楽しい。
BBQは原住民料理中心ということであったが、肉や魚をシンプルに焼
いたものや茹でた野菜類(オクラやギョウジャニンニクみたいのとか
菜っ葉のおひたしを醤油ベースみたいな付けタレで食べる)は自分の
味覚に大変合ってました。
あと鶏出汁と酒のスープってのもあったが、身体に良さげ。
しこたま食べて飲んで、その内歌が出ましたけど、オーナーのハオエ
ンも遊びに来た南王シスターズ(三人組の原住民女性シンガー達)も
歌声が素晴らしかった。

深夜まで宴は続きまして、その後就寝。ロッヂ風の民宿の部屋は台北
のホテルよりよく眠れた気がする。


これはまだ台北市内。

右の塔、有名ですよね。101タワー。
509mもあるそうです。



このプロペラ機にて花蓮へ。



花蓮の民宿到着。正面は食堂になっておりまして、
この向って左側に宿泊施設が。
台湾道中の3
2010.10.30


今、書いてます。写真もそこそこあるので何日かに
分けて更新予定。


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台湾最初の演奏会場でのその後の様子を写真で。

飛び入りで店で歌い出したシンガポールからのご一行であります。


シンガポールからご来店の謎のおばちゃん登場!

キーボードの位置についたのもその仲間の
おばちゃん。

写真では分かりにくいが、ドラムはお仲間の若いにい
ちゃん。ギターも同じく。

※手前の帽子の人は我々に同行した撮影隊のOさん。現場
での出来事記録中。



熱唱開始。
歌う姿はとてもソウルフル!



お客も煽られてノリノリ。
内訳はこのおばちゃんの仲間達10人程ともう夜も深くて
何でもいいから盛り上がりたいレストランに来ていたお客
と思われる。

※手前の帽子の人は我々に同行した撮影隊のOさん。現場
での出来事記録中。


民謡らしき物を3、4曲歌ってた。
このまま10曲くらい歌いそうな勢いだったので、
こっそり退散。もう深夜1時位だったし......。
我々が帰るため駐車場に集合していたときにも夜空に歌声
が響いておりました。
台湾道中の2
2010.10.29


おって書きますので。

あ、10/4の文章の所に9月のいろいろを書いた。


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台湾二日目。



翌日、台北も大雨か、と思いきや、そうでもなし。
が、懸念の通り昼頃の業務連絡にて、本日の花蓮への移動が中止になっ
た事を知る。イヴェントの日程変更でDUB AINU BANDの演奏を行う
のか中止なのかは今だはっきりせず。
どうやら花蓮自体の台風の影響は少ないみたいだが、そこ迄行く為の鉄
道、道路が完全に寸断されてしまっている模様。花蓮への飛行機は飛ぶ
ことが出来るらしいが、イヴェントに人が来ない可能性もあるので、日
程の変更も検討中らしい。
とりあえず、皆で昼食へ。刀削麺台湾風。
食ったあとは近所を皆で散策。途中で果物を食べたり、若者街を見物し
たり。
台北は亜熱帯なので植物がやや南国ちっく。香港にも似ているが、香港
とかよりせかせかしていない感じ、といっても香港行ったのなんて199
7年とかだから、今どうなのかは知らんけど。
活気はあるんだが、街があくせくしてない雰囲気が非常に心地よい。

その後、地下鉄乗ってお世話になっているTCM(角頭レーベル・台湾の
インディーレーベルで、音楽好きにかなりの影響力のある会社)のオフ
ィスへおじゃま。
ああ、そのまえにヨシエさんがおやつを食おうというので豆腐花の店へ
行った。
前日に会った会社の皆さんらと再会、暫し雑談であったが、彼らと今後
の予定を話しているうちに、急遽、桃園のレストランにて演奏が可能と
言う事が決定。下手するとまるで演奏しないで帰国の可能性もあっただ
けに、有り難い話。
23日予定のイヴェント出演に関しての話の進展はまだなし。

このレストランで演奏する場合、すぐにでも現場にいって機材のセット
やらサウンドチェックをしなければならないため、TCMオフィスを慌て
て出る。
ホテルに一旦戻り、楽器類をピックアップ。車で40分程の桃園の現場へ。

原住民(台湾先住民の事をこちらでは原住民という)料理を出すレスト
ラン、なかなか良い雰囲気であるが、ドラムセットは何年も使われてい
ないんじゃあるまいか、というほど埃まみれ(ドラムセットを使うよう
な形態でのライヴはあまりやっていないようだ)で、なぜかフロアタム
が不在。PA卓は極小のものがステージ上の左端に申し訳程度にある、
ステージすぐ後ろに楽器には大敵の水をふんだんに仕様した滝みたいな
セット有り、という、まぁ、あんまいい条件ではないんだが、とにかく
サウンドチェック。
余談ですが、このPAいじる場所の真裏が薄い板はさんで犬のトイレがあ
る場所らしく、内田くんはミキサー近辺にかぶせてあった布をめくった
途端、その匂いで卒倒しそうになったらしい。
物入れにでも使用されているのか何故か行方不明のフロアタムはTCMが
調達してくれることになり、とりあえず形にはなりそう。

この日は女性シンガーと打ち込み&キーボードの男の人二人組が食事の
BGM的に演奏する予定だったらしく、我々は彼らの2セットの間に一時
間程の演奏をさせてもらえる事になったみたいだ。
20時位になって彼らの演奏が開始したのであるが、ほぼ弾き語りのノリ
にもかかわらず、店の従業員の方から「もっと音量下げろ」的な注文が。
この程度の音量で文句言われるんなら我々はどうなってしまうのか、若
干不安。
とそんなことを考えつつ、店が用意してくれた晩飯。鶏の頭まで着いた
丸ごと一羽焼きとかチャーハンとかトビウオ焼きとか鹿肉とか餅米とか
沢山。しかしやたら食ってる我々。
やがて店にやってくるお客さんも増え始めあちこちで家族連れとか友人
同士の宴会が開始の21時頃からDUB AINU演奏スタート。ステージ上で
DUBミックスの内田くんとか珍しい光景と共に1時間程演奏。
なんかうちらが演奏始めたら帰るんじゃないかと思われた地元の人々も
意外に楽しんでいる様で、一曲終わる毎にけっこうな拍手で驚き、良い
気分だ。途中、厨房からの強烈な唐辛子を炒める煙攻撃でオキさんむせ
る。おれも鼻が痛い。こりゃ歌う人は大変。
ラストはオキさん太さんの二人だけで一曲歌ったのだが、お客さんとの
掛け合いは大合唱になってた。
最終的に会場中拍手喝采で演奏を終えたが、物販のCDとかも結構売れた
みたい。地元の人にも「今までこの場所で観たどのバンドよりも良かっ
た、CDにサインくれ」とか言われて、有り難いこってす。
その後、色んな人達と片言英語とかで談笑。
またしても食事が用意されておったので、また食う。そんで飲む。
腹が三倍くらいにふくれてんじゃあるまいかと思いつつ。ステージでは
最初に演奏の二人組による2ステージ目。台湾のポピュラー曲とかでは
店員さんがステージ前にてダンス。そんでそれがそのうちお客も巻き込
んで店内をぐるぐるまわるフォークダンス大会みたいになった。
ヨシコさんヨシエさん(紛らわしいですがヨシコさんは日本、ヨシエさ
んは台湾の方)、TCMのナナちゃんとかも混じって地元の方々と共にグ
ルグル店内を回っていた。祭りである。
やがてその大盛り上がり大会も終了したのだが、今度は地元のシンガー
の方とパーカッションの方が飛び入り演奏。これもお客さん皆知ってい
る曲とかなので相当盛り上がるのであるが、なぜかオキさんがドラムを
叩いていた。
これで終わりかと思いきや、今度はなんかお客で来ていたシンガポール
のおばちゃんが歌い出し、その演奏をそのお仲間が.......。
と果てしなく続く宴会。というか生オケ大会。
さすがに付き合いきれなくなってきたので、我々は午前1時頃退散です。
お疲れさまでした。
そう、そんで結局、花蓮でのイヴェント出演が延期決定。24日に演奏す
ることになった。
TCMのスタッフ達にホテルまで送ってもらって就寝。


この日の演奏会場。



鶏の丸焼き。
店員さんが、店の外から針金みたいので吊るして
持って来ていた。



店員さんがダンサーに変身。
お客をあおりまくるのだ。
台湾道中の1 台北へ10/21
2010.10.28


無事帰ってまいりました。

当初の予定が変更になったりとかありましたけど、台湾はとて
も楽しく素晴らしい場所でした。


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21日に出発したのですが、大変早起き。
成田を9時40分発の飛行機なのですが、指定された集合時間が
7時40分。まぁ国際線乗る場合は2時間程前に空港に来ているのが
安全なのでしょうがないですが、自宅〜成田を考えると5時には起
きていないとまずいので、5時に起床。
5時45分位の電車で新宿へ。そこから山手線で日暮里。日暮里から
スカイライナー。このスカイライナーってのがあるのをつい最近ま
で知らなかったのですが、これは早くて便利。
無事に7時40分頃に中華航空のカウンター近辺へ。
この日の出発は先発隊のオキさん太さんをのぞくメンバー+スタッフ
として同行してくれるヨシコさん、撮影班のSさん。
無事全員集合で台北へGOしました。

台湾へ到着すると、今回、台湾にて我々の面倒を見てくれるTCMと
いう台湾のレコード会社のPちゃんとヨンくんが出迎えてくれた。
台湾の国際空港より車で台北の中心部へは車で40分程。
途中、車の走る車線は逆であるが、日本の高速道路に酷似しているな
と思えば、どうやら日本の某ゼネコンさんが深く関わっているとか。
宿泊先のホテルへ到着し、オキさん太さんそして今回の通訳兼ガイド
であるヨシエさん(あ、台湾の方ですが、名前の日本読みがヨシエ)
と合流。これからの打ち合わせ。

打ち合わせはヨシエさん達が買って来てくれた胡椒餅(台湾の名物で
胡椒を利かせた肉まんで外側の皮がこんがり焼いてあるもの、ってか
んじか)を食いながらであったが、非常においしい。さすが食の国、
最初からポイント高い。
今後の予定等を話合うが、問題は台風。何日か前から接近しており、
当初の予定ではフィリピン方面から北上して台湾はあまり影響が無い
のでは、といわれていたが、なになら奇妙な動きでもって台湾近辺を
うろつきだしたとのこと。なんでも翌日から訪れる予定である花蓮と
いう都市や台北より下の地域にはかなり影響があるらしい。
どうなるんであろうか?とか皆で心配したが、とりあえずこの到着し
た日に関しては夜にTCM関係の方々との夕食会があるのみ。
夕食まで全員でマッサージ屋へ行った。
自分は足裏と耳掃除。足は軽くなり、耳はよく通るようになった気が
する。

夜になってから、その食事会へ。
外は台風の影響が出て来ており、雨足強し。
台北市内に関しての予習を全くして来ておらず、ヨシエさんやPちゃ
んに引率されてなので、どこをどう移動してきたのか分からず到着し
たのは台北の三越そばのなぜか四川料理店。
ここで夕食開始であるが、暫くは我々のみ。やがて30分程でTCMの
方々や台湾のシンガーの方、音楽関係の仕事で沖縄から出張の方や色
々大勢が集合、円卓を二つ囲んでの懇親会となった。
和気あいあいとうまい料理に舌鼓を打ちつつ、実のところ翌日からの
予定(演奏場所である花蓮への移動)に関してが二転三転しているの
を知る。
中止の可能性や延期の可能性が出て来たらしい。が、これもまた明日
にならねばはっきりしないとのこと。
満腹で店を出て、皆でホテルまで戻るが、何もせんで三日間が終わる
可能性が........。
ホテルの部屋でテレビを見るが、なんか台湾の下の方がえらい事にな
っている映像をニュース番組で延々とやっていた。

TCM ・角頭(ジャオトウ)レーベルのWEBはこちら


これ台湾の地下鉄の切符。
このルーレットで使うのみたいのが切符。



そんで、上の写真の切符をPASMOとかスイカみたい
に改札の読み込み部分に当てると改札内に入れてい
ただける。



ホテルのTVで台湾のニュース番組を。

台風はかなりな被害をもたらしていた様で、バスが
土砂に埋もれたり、車がひっくり返ったり、河が増水
したり床上浸水したりの映像を繰り返し流していた。
明日から
2010.10.20


台湾へ行ってまいります。
DUB AINU BANDで。出演は23日です。

昨日のJIROKICHIはいろいろありました.........。

詳細はこちら。もし台湾にいらっしゃる方、もしくはご旅行予定のある方がいましたら是非
10月ツアー
2010.10.19


3日に藤沢での演奏を終えた後に一週間程b.t-bでツアーへ。
今回はLeyonaさんゲスト。
初日の浜松は前回浜松で演奏したハーミットドルフィンの上の
階が会場。
浜松来たので、演奏前に皆でウナギを食べに行った。
会場の近所で一番美味しいのではないかと言われている所へ行っ
てみたが、生憎お休み。なのでその近所の別の店へ。
そこも中々美味かったので良しとす。

で演奏であるが、コンクリート打ちっ放しの会場の為に大きな音
量だとちょっと演奏しづらかったりしたが(Eベース等はベースと
いう楽器の美味しい帯域をアンプのイコライザーでカットしないと
ダメでした)、それでも楽しい2時間だった。

で翌日は前の日に休みだったウナギ屋さんへ再チャレンジ。
どんだけウナギ好きなんだ、と思われるだろうが、なんか浜松だ
から食っとけ、みたいなことだな。というかこういうのも貧乏性
というのであろうか。しかし、メンバー皆が再度ウナギを食うこ
とに関して異議を唱えないというのも妙でした。
で、そのウナギ屋、その日もやってなかった.......。
そんでまたその近所の前日とは別のウナギ屋に行ったのだが、これ
は明らかに前日のウナギ屋の方が美味かった。
とこれは個人的意見であるが、ホトケさんも同意。

ウナギで腹一杯の一行は名古屋へ移動。
おなじみのTOKUZOであるが、相変わらず演奏して良し、終わって
飯食って良し、グダグダ飲んで良し、森田さんと飲むも良しでした。

そんで翌日は大阪JANUS。
シアターブルックで先月末に来たばかりであるので妙な気分。
リハ後に一週間以上ツアー(今回は厳密には6泊7日ですけど)では
恒例の洗濯をしたのだが、思いのほか時間がかかってしまいまして、
皆さんに迷惑をかけた。
ホテルの部屋に生乾きの洗濯物を残し、慌てて会場へ戻ったが、開
演直前になってしまった。すんません。
予想より多くのお客様に来て頂き有り難し。
終演後はJANUSのビルのバルコニーにてBBQ打ち上げ。
現場責任者津田さんの独壇場に笑わせてもらった。
津田さんの個人的な知り合いの方がこれを読んでいたら「京都の芸
者さんとどっかの若旦那の1人二役の芝居見せて下さい」と言って
みて下さい。

次の日は姫路。
こちらもおなじみfab-spaceにて。当初の予定では知り合いのブル
ーズDJ タッツ氏所属のバンドと対バン予定であったのだが、この日
は姫路でお祭りが有ったらしく、バンドのメンバーの予定が合わず
に対バン無しに。タッツ氏のバンドを楽しみにしていたので残念。
何時行っても楽しい場所であるが、もうちょい会場の照明が明るい
とさらに嬉しいです。お店の中島(嶋?)さんが作ってくれたカレ
ーが美味しかった。

明けて福山。
Cableという新しいお店へチャレンジ。駅に迎えに来てくれた店長
の出原さんがアフロヘアーであった。+30点。リハを開始したら
登場して来た女性店員さんがやはりアフロヘアーであった+30点。
ライヴは2部制であったのだが、休憩中にバーカウンターでのタバコ
の煙で火災報知器が鳴る+30点。10分以上止まらん+10点の面白展
開。
初めてのハコであったが、来てくれた皆さん、スタッフの方々、有り
難うございました。皆様のおかげで楽しく演奏できました。
終わって会場で打ち上げ。尾道でおなじみの和田さんが持って来てく
れた「CROSSROADS GUITAR FESTIVAL 2010」のDVDを観ながら
飲んでいたが、ZZ TOPが断然の面白格好良さであった。
なんというのか、ビリー・ギボンズGtとダスティー・ヒルBa二人の気
合いの入っているんだかいないんだかなキメポーズと振り付け(ちゃ
んと練習している姿を想像するとまた可笑しい)がまた良かったです。
サングラスかけたハーレー乗りみたいな強面風の二人が揃いのポーズ
や振り付けをする、というだけで変でしょ。というかZZ TOPは一時期
からそれが売りにもなっていたが......。

最終日は広島。
今回はこちらも初めてのJIVEにて。
会場内が木を中心に作ってあるので、とにかく演奏しやすかった。
そんなに広くはないハコであるが、沢山人が入ってくれた。有り難う
ございました。そしてJIVEは開店10周年だったらしい。おめでとうご
ざいます。
前の日観たZZ TOP風の動きをほんのわずかであるが演奏中にこっそり
トライしてみた。
やはり練習しないとなかなか難しいもんである。
ホトケさんに一緒にやって下さいよ、と目で訴えてみたが、苦笑のあ
げく無視されました。
終演後はそのまま会場で飲んだ。上機嫌で飲み続けるホトケ先輩を残
し午前1時頃に宿に戻る。

翌朝は皆バラバラに戻り。

秋のツアーはこんな感じでした。


最近blues.the-butcherではこの楽器がメイン。
ダンエレクトロをダンアームストロングがモデファイ
したもの。
元はシルヴァートーン用にダンエレクトロが作ってい
たベースで、これをシルヴァートーンがこのモデルの
生産を終了した時にダンアームストロングがパーツを
集めて作ったものだとか。
ショートスケールで非常に軽量であるが、音は最高。
いや最高とおもっているのは自分だけかもしれません
けど。



大阪JANUSでのBBQ打ち上げ。
坊さんの集いではありません。



大阪JANUSでの打ち上げに混じっていたアングラ劇の
演出家さん。ター坊と呼ばれていました。
昨日は藤沢で演奏
2010.10.04


太陽ぬ荘の皆様、KINGKINGの皆様、有り難うございました。

そんで、明けて今日からツアーに出ます。
まずは浜松。

詳細や以前のことはまた改めて。


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DUB AINU BANDの北海道、東北の写真などをここに追加。

北海道は早朝に羽田を出発し、新千歳でオキさんがお出迎え。
レンタカーにて函館へ向いまして、ライヴ。
お客様が大層入って良かった。スタッフの方々にも感謝。

翌日、車で札幌。マレウレウの方々とも一曲であるが共演。
太さんの誕生会を。札幌泊。

札幌から一路、阿寒へ。阿寒湖 アイヌコタン・オンネチセで
演奏。伝統舞踊見せる箱での演奏は楽しく、演奏もしやすかった。
阿寒のアイヌの方々に歓待してもらい、午前3時頃迄の宴会。

翌朝は8時に宿を出発。女満別空港から羽田へ。

その後17日に京都ミューズホールで演奏。

20日から、東北へ。エマーソン氏が一緒です。
青森三内丸山遺跡でのイヴェント出演と、翌日は山形での演奏。
遺跡での演奏、ロケーションは最高でしたが、生憎の雨と機材の
トラブルとかで、あまり満足した演奏にはならず。
そんななか運営のスタッフの方々、出演者の方々、お疲れ様でし
た。
あ、昼間見学した遺跡に併設の資料博物館は大変興味深かった。
現代の基礎は縄文時代には既に出来上がっていたのね。まぁ間違
った方向へ行った事も沢山あるんでしょうけど。

レンタカーで山形へ。青森〜山形への道路はあまり便利ではなか
った。直線で、こう、ぱぁーっと行ける感じじゃないのだな。
到着して蕎麦食う。
山形はb.t-bでもお世話になっとりますSANDINISTAにて。
盛り上がって終了。山形は演奏時間がちょっと遅めの事が多いの
であるが、今回も終わったらもう宿に戻って寝ました。

明けて、オキさんはソロツアーでそのままレンタカーを使い東北
巡り。
残りの人々は適当に都心へ戻りました。


そんで、23日からTheatre Brookの小ツアー、東名阪。
いや東阪名です。
東は恵比寿リキッド。2部制で2時間半位の演奏メニュー。まあ
途中休憩あるとはいえ、すっかりこの長尺メニューになれている
自分。b.t-bもオキダブも演奏時間は長いほうだし。
このツアーにてシアターの演奏感覚が戻ってきた気がする。良か
った。
リキッド終わりでそのまま車で大阪入り。着いたのは午前5時頃。
昼くらい迄寝させてもらって、会場へ。
今回の阪はJANUSで。シアターでは初であるが、やっぱりここは
演奏しやすい。

明けて25日に名古屋クアトロ。
大阪から車移動して来て、昼食で名物のひつまぶし食った。
初めて食ったかも。うまかったです。
わさびってのは偉大なスパイスですね。
そんでクアトロで演奏後に大急ぎで大阪へ戻る。
ダブアイヌでZETTAI-MUというイヴェント出演。深夜。
出演は明け方で、もうなんだかヘロヘロでしたが、ヘロヘロなり
に演奏を楽しみました。お客さんもヘロヘロだったんじゃないで
しょうか。すっかり夜が明けた名村造船所跡地からホテルへ戻り
2時間位寝て伊丹空港へ(初伊丹空港)、飛行機乗って、バス乗っ
て、電車乗って帰宅。

東名阪なのに大阪三泊してました。

27日にはCOUCHで下北440。
共演は高野寛さん。6曲程ご一緒させてもらう。演奏しながら高野
さんの名曲に感心。余談であるが、以前から思っていた事を話して
みた「高野さんて目から下がニール・ヤングに似てますね」すると
「好きだから嬉しい」って言ってた。ニール・ヤングはあんまいい
男じゃないからちょっと申し訳ない。
知り合いが多数来ていて話し込んだ為(特に久々だったのはキーボ
ーディストの伊東ミキオくん)、帰りは午前3時頃になってしまっ
た。


28日はb.t-bでJIROKICHI。30日はb.t-b with ムッシュ。
楽しかった記憶のみがのこっています...........。
タバコが値上げされました。
もはや周辺の人で喫煙者はわずか...........。

と、9月ものを大変省略してまとめた。

なんか最近の文章は小学生の絵日記状になっている気がする。
「暑かった」「雨だった」「食った」「うまい」「面白かった」「
もりあがった」とかこんなんばっか。


DUB AINUの北海道ツアー。
千歳〜函館移動中のSAにて。ピクニック気分の昼食中。



DUB AINUの北海道ツアー。
札幌ジャスマックプラザの楽屋で太さんの誕生祝い。
スーパーふとしくん、おめでとうございます!



三内丸山遺跡。
後ろの木造建造物は発掘された縦穴を元に復元され
た物であるが、なかなかの迫力。
見張台とか祭事場とかいろいろ説があるみたいですが
真相はいかに。
更新停滞中......
2010.10.02


また一月空いてしまった......。
一時期もの凄く頻繁に更新していた時は、旅先にPCを持って行った
りして、ライヴ終了後、打ち上げ終了後とかに余韻に浸りつつ書い
たもんであるが、最近はツアー出ても余分な荷物を持って行きたく
ない等の理由でPCは持って行かず、まあ携帯からでも文章だけの更
新は出来るのだが、なんとなくそれもやらず。
帰って来たら帰って来たで、ついつい後回しの悪循環であった。
余韻のあるうちに書かないと、結局、何を書くやらとか考えて面倒
になってしまうのだな。写真もサイズを変換とか面倒い。
夏休みの絵日記を最終日にまとめてやる、感に近い。

前回更新後は、8/27、b.t-b朝霧で天空祭り。お客さんあんまいな
かったけど演奏楽しかった。スタッフの皆さん、有り難う。あ、行
くときにゲリラ豪雨みたいのに遭遇して、運転怖かった。

8/29、静岡でWINDBLOW。b.t-bでムッシュ&Leyonaと。
ここ最近毎年行っているが、なかなか遠いと改めて実感。大層盛り
上がって楽しく演奏しました。港にカジキが上がった。ホトケさん
がウナギを食いたいと行く途中にずっと言ってた。ウナギは浜松の
方だと思うんだが、御前崎方面の街道沿いには結構ウナギの看板を
出す店があった。でも寄らなかったけど。

8/31にb.t-b月例のJIROKICHI。

9/3にDUB AINU BANDで渋谷クアトロ。サハリンロックツアーのス
タート。北村さんも参加。サウンドチェック中のダブマスター内田氏
のベースの音作りはステージ上でももの凄いのがよくわかる。
新曲を沢山覚えるのが大変であったが、楽しんで演奏出来た。
アイヌ音楽が基本であるが、同時に日本の音楽というのを強烈に意識
する現場でもある。
このライヴのリハ中にオキさんにアイヌの写真(昔の観光用絵ハガキ
だと思うのだが、それをネットで拾ってプリントアウトしたもの)を
貰ったのだが、自分にそっくりな人が写っていてびっくらこいた。
なにぶん古い写真であるので、鮮明ではないが、我ながら驚くほどの
そっくり具合。機会があったら掲載したい。

と九月前半まで。


全く関係ありませんが、今日、実家に野暮用で行って、昼寝していた
際、唇を蚊に食われてしまいました。
鏡を見たらサザエさんのアナゴくんみたいになっていた.......。


天空祭りに向う途中に鳴沢の道の駅へ寄った。
瓜を抱えて上機嫌の永井さんです。



天空祭りのステージ裏から。
準備運動に余念のないKOTEZくん。



WINDBLOW2010。
カジキが水揚げ。楽屋の裏手が港なのだが、なにやら
騒ぎがしたので行ってみると、このような状態でした。
松方さんや梅宮さんがなかなか釣る事が出来ないカジキ
です。
ふと気がついたんだが
2010.08.23


このサイト、10年やっとる........。
2月に気がついておくべきだった。開設が2000年の2/22と確認。
途中、外装や内装の変化、更新の滞りはありましたが、我ながら
よく続けたもんだ、とちょっと感慨深い。

読んでみたら、やはり夏の時期のフェス関係で日射病がどうたら
とか30℃オーバーの事がどうたらとか書いてた。

昔の自分の文章は少し恥ずかしい。なんかクドくて作為的な気が
する。今でも拙い文章なんだが、当時とは「文章を書く」ってこ
とに対する意識が違っているんだろうな。

まぁ引き続き宜しくお願いいたします。


前回のところで載せたかった、こちら毎度おなじ
みライジングサンのバルーン。
フェスに色々とでました2
2010.08.16


中盤

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8/23深夜追記。


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8/8にTheatre BrookでひたちなかのROCK IN JAPAN FESTIVAL
2010に参加。
電車で自宅〜上野〜勝田へ。フレッシュひたちという電車で行っ
た。withタカさん。勝田駅にてマネージャーYくん、タイジ氏と
合流。タイジ号で会場入り。出演者・スタッフ用駐車場でエマー
ソン号を発見。エマーソン氏は斉藤和義氏でも演奏のため先に会
場入りしていたのだ。
その駐車場では赤いフェラーリを目撃。こんな車誰が乗って来て
いるのだろうか?大物のお金持ちに違い有るまい。
会場へ入ってすぐにケータリング場にて昼食。うまい。

そんでこの日も大層暑い日であったが、空調の効いた楽屋でしば
し出演時間迄休憩。
この手の大型フェスで空調の効いた各バンド個別楽屋ってのは初
めてだ。なかなか贅沢だな。などと言っているうちに出番。

とても短い時間(30分程)で、尚かつシアターは一曲の演奏時間
がとても長いので、4曲位しか演奏しなかった。我々の場合、イ
ヴェントでありがちなんだが。
かつてバクチクさんのイヴェントに参加させて頂いた際には30分
で一曲、っていう大胆なこともやらせて頂きましたな。

今迄出演したフェスの中でも特にお客さんが若めであったが、な
かなか反応もよろしかったようでなによりです。

帰りは適当な時間にエマーソン氏に勝田駅迄送ってもらい電車で
勝田〜上野〜自宅、と戻る。


8/13にTheatre Brookで北海道のライジングサンロックフェスチ
ボーに出演。
昼過ぎ自宅〜浜松町〜羽田。
空港にてエメルソン氏以外が全員集合。北村さんはこの日の早朝
よりの出演なので、前の日から北海道入り。
台風の影響が心配されたが多少の揺れとともに無事新千歳着。
多数の出演者とともにそこからバスで集団移動〜会場入り。
着いてすぐ、やはりケータリング場にてめし食う。うまい。

出演時間まで大層時間が空いていたので、飲み食いと見学。
ノースウェーヴのヨッシーとGRAPEVINEを観て「おお〜いいかん
じ」、ROVOを観て「以前より良い意味で分かり易くなった気が」
とか。
そんで聖飢魔U(これ変換にはいっているのがすごいな)の黒ミサ
に参加。すごくプロフェッショナルである。さすが。
完成されたショウ、もといミサでありました。
楽屋近辺で見かけたデーモン閣下、らしき人の服装に関してはあえ
てふれまい.......。
その後は沼澤さん、タイジくんが参加のギタリスト長田さんのセッ
ションを見学。格好良く濃密な時間。

それでいよいよシアターで演奏か、っていうとまだまだで、ケータ
リング場に戻って肉焼き肉食う。いつの間にかギタリスト山本タカ
シくんらのテーブル占拠。

それでいよいよシアターで演奏。午前1時ちょっと前。
こんな時間でも聴きに来てくれた方々、ありがとうございました。
長時間待機後の演奏は一時間以上あったのですが、あっと言う間。
その後、またケータリング場に戻り、もう肉は終わっていたので、
他のもので腹ごしらえして会場をでる。
最終バスは午前3時出発〜宿泊先〜就寝午前4時半。

翌日午後12頃にホテルからバス〜すんげ混んでる新千歳〜すんげ
揺れた飛行機で羽田着〜リムジンバスで帰宅。


あとこの後のフェスものとしては8/27 天空祭り(b.t-bで)と8/29
WIND BLOW(b.t-b with ムッシュ、Leyona)が残っとります。

みんな熱中症には気をつけよう!
昔は日射病に気をつけようだった。しかも遊びに行く時は帽子をかぶ
っていかないと日射病でバカになるとかの余裕......。大体32℃とかで
さえ一年に2、3回だったのにねぇ。


これはROCK IN JAPAN の楽屋。
大型フェスの場合、だいたいこのような簡易式建物の
楽屋が出演者用に用意されているが、この異常に暑い
今夏には有り難い空調付き。
酷暑にお金を払って観に来てくれているお客様には大
変申し訳無い気もするが、我々、こんなところで涼ん
でおりました。
出演者が楽屋で熱い打ち合わせ中に熱中症で倒れてい
るというのもなんなんで。



こちらは上の楽屋から出演直前に移動し、スタンバる
もう一つの楽屋前にて。

真ん中はプチTK、じゃなくてEK。



EKこと(ケンジ・キタムラ)、出番待ち。
これは赤いフェラーリに乗っていてもおかしくない。
いや乗ってないけど。
フェスに色々とでました1
2010.08.15


前半

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ということで、8/21深夜に追記しとります。

FUJI ROCK 2010に関しては書きましたが、その前にちょっと
逆戻りであるが7/23に朝霧高原でOSHINO DEADというイヴェ
ントにb.t-bで出演。あ〜、「で」とか「に」とか一つの文に重
ねて出てて読み辛いこってす。

OSHINO DEADという名前の通り、ジャムバンドとかカントリー
ロックであるとか、ルーツミュージックとかが好きな人たちが手
作りでやっているフェスでした。来ている人は決して多くはない
ですが、音楽フェスというよりはその場で皆でキャンプしたり、
飯食ったりゴロゴロしたりとをだだっ広い自然の中で楽しむ、と
いうのが感じられ良かったです。
ブヨに沢山くわれました.....今だ痕が消えず.......。

7/25に青森に行きまして、青森BLUES FESにb.t-bで参加。
商工会が中心の為、所謂音楽フェスという物とは幾分おもむきが
違いましたが、暖かいおもてなし有り難うございました。
よくお世話になる石巻の方々も応援に駆けつけてくれたおかげも
有ってか大変盛り上がり、いや桜ってことじゃないんですが、よ
かったです。
終演後に行ったSoul Barが「魂」っていうおもいっきり直球な名
前でした。ホトケ先輩はグラディス・ナイト&ピップスの「夜汽
車よジョージアへ」とかハロルド・メルビン&ブルーノーツの
「二人の絆」をリクエストしておりました。青森の夜は更ける。

そして、フジはすっ飛ばしまして、8/3はCOUCHで吉祥寺曼荼羅
に出演。これはフェスではないです。ワンマンライヴ。
付け焼き刃ではあるが新しいアレンジを色々試せて楽しかった。
毎度恒例になっているカヴァー曲に今回はビル・ウィザースを。
曲コピー中に新たな発見。
名曲「USE ME」のブレイク部分(ドラムと歌だけの箇所)は録音
後にベース等の楽器をミュートしたらしい。多分。
よく聴くと、うっすらベースが聞こえる。つまりドラム等のマイ
クに一緒に録音したベースの音が被っているのです。多分。
なんか茹だるような暑い一日だった。気のせいか新しいお客様も
増えて来ている様でありがたい。

8/5には渋谷タワレコにてシアターのインストアライヴ。
YAMAHAのSGタイプタイジくんモデルお披露目。
ビグスビートレモロ付きってのが彼らしいです。
これは正規販売するのでしょうか?なかなか良い音でカッコも良い。
予定外のアンコールもやった。

8/6、b.t-bで長野県上田市のUEDA JOINT出演。
お昼頃にマイカーで沼澤さん、ホトケさん、コテツくんの順で拾い
出発。
例のごとく関越迄がめんどくさいのである。
関越乗れば順調に。15時頃に上田に到着。
会場入り口が分からず、最初はお城の資料館駐車場みたいな所に行
ってしまったが、主催の人に連絡をとり無事会場入り。
盆地の上田市は大層暑く、熱中症日和なのもあって、待ち時間がか
なり辛かったですが、出店のかき氷食ったり主催者さんが案内して
くれた蕎麦屋で涼みながら美味い蕎麦食ったり、某有名パン屋さん
上田支店でお茶したりしてしのぐ、って随分と快適に過ごしている
じゃねぇか......観に来た人は炎天下にいるのにね。
ライヴ、演奏始まったばかりの頃は盛り上がっている人がちらほら
だったのであるが、そのうち沢山の人が壊れていって、奇妙な踊り
をする修行僧のような人ややたら叫ぶ人や一心不乱に踊る外国の人
やステージ上がって来ちゃう若人とかいて面白かった。
最後の方でホトケさんのアンプにトラブル発生したが、後日、交換
したばかりの真空管がちゃんとはまってなかった、と判明。
我々の次に出たCro-Magnon 、えらい人気ものでした。上田城公
園をダンスフロアー化。
終演後は主催者さん達に食事や飲みにお誘いいただいたが、運転&
演奏で大層疲れてしまったので不参加。申し訳なく残念であるが、
翌日も運転して帰らねばならぬので。

翌日はコテツくんは歯医者に行く為に個別で早朝に発っていきまし
た。
沼澤さんホトケさんとともに東京までドライヴ。
16時頃帰宅したが、家の前の駐車場が17時迄工事の為、適当に時
間をつぶした後に帰宅。



このあとのロックインジャパ〜ンとライジングはまた。


OSHINO DEAD会場。

ガルシアさんのでかい写真。

今月の27日にまた同じ現場にて、今度は「天空祭り」
というイヴェントに出演致します。



青森にて。

演奏会場のすぐ横は海。

これはアザラシですかね?
アシカですかね?アシカのポーズである気が
するが.......。
アザラシもしくはアシカが来るんでしょうか?
ただ単に海のイメージのオブジェ?
だったらイカでもいいじゃないか。いや別に
イカにこだわるわけじゃないけど。
イカめしっていうホトケ先輩との夢のユニット
がまだ活動を開始していないのですが、有るのだ。



上田市の蕎麦屋で蕎麦食った。
UEDA JOINT出演者は有り難いことに無料で食べさ
せて頂いたのですが、結構有名なお蕎麦屋さんらし
く、美味しかった。
これから
2010.07.30


苗場へ行ってきます。道中の天候が気になる.........。


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と書いてそのまま。
せっかくのフジロック出演について追記。

出発は30日の16時頃。日差しが弱まる時間帯を待って自宅を
自車で自運で。あまり道も混んではいないのだが、関越に乗る
までがとにかく面倒。面倒な関越迄を過ぎ順調に高速へ。
高速をちょっと走った所で早速SAで休憩。とっとと苗場へ行っ
てもよいのだが、SAでの売店見学が楽しそうなので。

しかしなにも買わずなにも食わず。ネクスト売店へ向うべく、
また出発。30分程走ってまたSAへ寄る。
腹減ったので、何か食おう!と割と大型のSAへ入ったが、デカ
い割には充実感のないSAであった。こんなこったら先ほどのSA
のが良かったな。とは思ったが、引き返すわけにもいかんので、
適当にラーメンとか食べた。30分程のんびりして出発。

雨にも降られず(2008年のフジに関する所を参照)赤城高原と
か過ぎて月夜野インターで関越道を下車。一般道を苗場へ向う
のだが、途中、温泉街とかいい感じで出現して来て、「ああ、
このまま温泉につかって帰るのもいいのではないか....」という
誘惑にかられる。とそんなことをしてしまうとシアターブルック
を首になってしまうので、三国峠を超えていざ。

そんで19時半過ぎに苗場プリンス到着。
出演者受付を済ませ、ホテルの部屋へ荷物を入れる。
その後、フジロックでは必須アイテムであるゴム長、おしゃれ
ゴム長に履き替え、フェスの雰囲気を味わいに会場へ。

元気の有るうちにちょっとだけ上へ行くことになり、実際のとこ
ろあんまり上ではないんだが、ホワイトステージへ。それでも運
転後の45歳には充分こたえる移動なのだが、運転ハイ状態がまだ
残っているので「おお、フェスだ、フェス」とか思いながら、現
場到着。
ステージ上は!!!が演奏中。ヴォーカルの人が週末のはじけた
ヤッピーみたいだ。
!!!を適度に楽しんで、もう下山。ちょっと疲れも出て来たの
だ。そして腹がへったので、鮎の塩焼きを食った。大層美味く感
激。そういえばNatural Highの時に道志村でも食った。あれも大
層美味かった。その後、他に食べるものを求めさまよう。
途中、苗場食堂にて演奏のMUSTANGという仏のアーティストを
楽しむ。非常に良かった。ここでエマーソン氏に遭遇。

満腹になったので、本日はこれ迄。と宿へ。
ぐっすり翌日の集合時間の13時頃迄、といければ最高であるが、
一泊のみ出演者はきっちりプリンスのチェックアウト時間である
午前10時を厳守させられるのである。
午前2時頃に就寝、翌朝9時に起床。支度してチェックアウト。

出演者楽屋へ行き時間をつぶす。メンバー皆さんと合流し車で今
回の出演ステージ、というかいつもここだが、フィールド・オブ
・ヘヴンへ。

スタンバって、14時半頃演奏。雨も降らず気持ちの良い現場で多
少の緊張をしつつ演奏したが、まだシアター現場ではライヴの流
れを完全につかめない自分にちょっと反省。
演奏したら腹が減りましたので、下山後に飯場へ。
反省ばっかしていてもしょうがないのでと腹を満たし、友人達と
合流、その後、今回是非観ておこうと思っていたジョン・フォガ
ティーを楽しむ。
65歳位だと思うのだが、非常に若々しい。若いときは逆にしわく
ちゃ顔でおっさんぽい、と思っていたが、そのまま歳を取ってい
ないかんじだ。あくまでステージ横のモニター判断だが。
声も全く衰えておらず。
やった曲の8割は知っている曲。つまりCCRヒットソングオンパレ
ードなんだが、正しいアメリカンロックの一つの姿(正しい、って
なんだろ?まあ、個人的にぱっと思い浮かべるアメリカンロックと
いうのはですねぇ、こういうものを言うんではないんでしょうか、
ということか)を楽しませてもらった。そして、こういうヒット曲
を沢山持っている人のライヴは、なんか聴いたことあるな、という
人達の足を止めるし、そこに確かな演奏と歌が有れば、お客さんの
心を鷲掴み、というのを実行していたわけである。
クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイバルの数々の名曲を生
で聴けて良かった。
余談だが、ジョン・フォガティー、ライトハンド奏法、(タッピン
グじゃ無くてあくまでライトハンド奏法、って感じ)やってた。
これはちょっと笑ったが.........最高に似合わん。

ジョン・フォガティーを楽しんだ後、その他の観たいものを考えて
帰宅のタイミングをどうしたもんか、と思っていたのだが、雨の歌
を幾つか歌ったジョン・フォガティーのせいなのか大雨になった。

もう帰ろう、と思いホテル前の駐車場へ。車の中で濡れた服を着替
え、出発。
来た道をそのまま戻ったが、三国峠にさしかかった頃には雨も上がっ
た。そのまま月夜野インターから関越道へ。
来た時に寄ったSAで(最初に寄った方)軽食。深夜にさしかかって
いたので色々とやっていない売店が多くて残念。

その後も順調に進み、帰宅は23時半頃。
う〜〜む、長い一日であった、と思い床についたのであった。

以上、演奏に関してはほとんど書いてない、フジロックのレポート。
何故か写真もまったくなし.......。


フジロックの写真がない。

しょうがないので不思議な茄子の写真。

手前の茄子、なにか妙なものが生えてますな。



お、これは鼻でしょうか?

しばし、包丁を入れるのがためらわれたが、みそ汁の
具になってもらった。
京都よりもどる
2010.07.13


祇園祭が近づきつつある京都で演奏してきました。
京都大作戦という10-FEETさん主催のイヴェントにLeyonaさん
のサポートです。
一つのバンドがそれなりの規模のイヴェントを成功させる、って
すごいですね。お客さん方も大変盛り上がっているようでした。
Leyonaねえさんは多少のアウェー感もありましたが、ラウド系の
出演者等が多く、激しい音の中で独自の存在感を出せたのが、か
えって良かったじゃないかな。とセルジオ越後風で。
打ち上げとか出てホテルに戻った後にW杯の決勝観戦を。

プチバルサのスペインの優勝でした。

まぁ、冗談半分のフランスは置いといて。
う〜ん、当初の予想にやや近い展開。
ブラジルは変な終わり方しちゃったのがなんだが、第二候補のスペ
インが優勝、第三候補のオランダが準優勝ということで。
所謂パスサッカーといわれるスペイン。ボール回すばっかりで、点
が大して取れない、とか言われてはいるが、自分はあのパス回しで
酒飲めますわ。酔いが回りそうでは有るが。
決勝点を決めたタコ、いや失礼イニエスタくんはほんと凄い選手で
あるなあ。脚光を浴び出した頃(まだタコ化していない頃)は青白
くて若干キモいとっちゃん坊や風見た目が苦手(いや10代の頃を見る
とウィーン少年合唱団風で可愛らしかったんですけどね、童顔とオ
ヤジ顔のミックス具合が成長の過程でちょっとよろしくない方向へ
行ってしまったようで)であったが、今やあの姿とプレーっぷりは
逆に癖になる。これからも注目。
しかし飛び蹴りくらったシャビ・アロンソ、死ななくて良かった。

なわけでW杯も終了。大会MVPは怖い顔のウルグアイのフォルラン
さん。
しかし影のMVPはタコのパウルくん。
神様か.......。



イニエスタの頭にタコの身体が合体したT-シャツ、誰か作んないか
な。だってボールの扱いもタコみたいでしょ。
あったら買うのに。
ツアーから帰って来まして
2010.06.30


昨晩は外タレである山岸さんとb.t.bにて共演しました。

帰って来てW杯を見る。

残念であった。
けんごくんは出場出来てよかったです。川崎組は全員出場
出来たって事ですね。鹿島組..........。
こまのくんも酷い落ち込みようかと思いますが、胸はって
帰って来て下さい。

あ、前回優勝予想について書きましたが、しょーもないフランス
は予選で運も尽きていたようで、しょーもないままだった。

ここ迄を見るに、ドイツあたりがかなり有力になって来たような。

本日はこれから元住吉POWERS2にてb.t.b。
山岸さんとの二日目です。


こちらは元住吉POWERS2でのショットであります。



外タレの山岸先輩です。
すんごいギターを楽しそうに弾いてニューオーリンズ
へ帰って行きました。


遠目だとおばちゃんに見えることが........。
やったあ
2010.06.15


初戦に勝った。
HONDA、すいませんでした。
とおれのようにごめんなさいしている人が今日は沢山いるだろう。
本当に少ないチャンス、というか攻撃の形とかほとんどなかったが、
そういう所で結果を出すたぁ大したもんです。
次戦も代表の皆さん、たのんます。
2010W杯が始まりましたね
2010.06.12


優勝予想は、まあ本命のブラジルが一番固いか。
対抗でスペイン。今回はとりあえず一番楽しみではある。
あとは、オランダとか........
で岡ちゃんジャパンはどうか、って最近のますますの迷走っぷりに
もはや、なにも言う事無し........HONDAを中心にし出してから、迷走
に加速がついた感じ。いやHONDAは別にそんなに悪い選手ではないし
、「なんかやってくれるかも」感がまったく無いわけではないが。
なにやら持ち上げすぎでしょ。

で、個人的な優勝予想。

全く期待もしてないけど、フランス。
非常に評価の低いフランスであります。
なんでそんなフランスか、というと。
変な運がありそうだから。予選突破のときみたいな。

さあどうなるでしょう?
また決勝トーナメントに入ってから検証し直しますけど。
いや検証って程のことはしないけど。

メキシコのユニフォーム、格好良かったな。
Theatre Brook
2010.06.09


の新譜「Intention」Release!した。
で5月に関して
2010.06.08


Theatre Brookで宮城県で行われたARABAKI ROCK FESTに
参加してまいりました。二日目のほぼトップバッターの出演
であったので、前日に仙台入り。タイジくんシアターマネの
Yくんと共に昼過ぎに東京出発、仙台に到着後は特にする事
もなく過ごし、その後、その三人で晩飯へ。
仙台はここの所何回か来てはいるが、久しく食べていなかっ
た牛タンを食いに行った。連れられるまま人気店へ行ったが
、週末という事もあってか、大層混んでいた。でも回転が早
い店で、それほど待つ事無く食にありつく。
タイジ君、何故か鼻血を出す。ロックスターっぽくない事件
発生。いやロックスターならではの血気盛んぶりでしょうか
。飯を食った後は鼻栓をしたままのタイジくんと共に近場で
簡単に飲んで終了。
翌朝は朝合流の沼澤さん、北村さんも集合して午前8時に会場
へ向けて出発。9時頃現地入りし、ケータリングで朝飯。
そんで演奏。早起き分少しぼけ気味。新曲も幾つか演奏した
がまだあまり馴染めず。身体に入ってないという感じか。
聴きに来てくれた皆様有り難う。復活後の初野外はちょっと
緊張でした。
その後は夕方に駅へ向うバスで仙台駅〜東京〜自宅でした。

そしてそれから暫くして引越。
14年住んだ場所を離れる。14年間で溜め込んだ物の多さに驚
くやら呆れるやら、いや何週間か前から準備はして来ていたの
で分かってはいたが、いざそれらが段ボールに詰め込まれ部屋
に山積みになると........途中で何度もイヤになり、結局引越し前
日は徹夜だった。

引越も無事終了し、8日にはblues.the-butcherで元住吉POWE
RS2で演奏。ゲストにLeyona。えらい盛り上がった。まぁ、い
つもこの場所で演奏するとカオスになって凄いが、いつもいつ
も有り難いこってす。

その後は暫くヒマになったので引越後片付けをちゃくちゃくと
こなしつつ、22日に山梨県道志村で行われた野外フェス「Nat
ural High」へ。Theatre とblues.the-butcherの二本立てであ
った。週末の高速道路渋滞を気にしつつ昼過ぎに出発したが、
道はまったく混んでなく、順調に15時前に現地.....................
前の道の駅に到着。
会場のすぐ手前のこの場所で、地元物産を食したり、お土産買っ
てちょっとした週末観光気分を味わう。
鮎の塩焼き食ったりぶらぶらした後、現場入りすると、丁度タイ
ジくんと森くんのユニットSunPaulo演奏開始。
ステージ上にギターアンプが置いてなくて驚いたが、最近はステ
ージモニターだけで演奏しているそうだ。音圧好きのタイジくん
らしくないな、とも思ったが、本人は結構気に入っているみたい
。打ち込みの重要度も高いからかえって演奏し易いのかもしれぬ。

その後bonobosの演奏があり、Theatre Brook。アラバキに引き
続きの野外に今だ慣れず....どうした事か。まぁそれでも楽しく演
奏出来ました。
そしてそのままムッシュwith blues.the-butcherで演奏。
こちらは野外も含めてライヴ本数が半端じゃないので、いつも通
り。やはりこの歳になっても、いやこの歳になったからか、演奏
回数をこなして行く、というのは重要なのだ。
シアターはまだまだ足りていないのだな。
しかし二年振りであったがとても素敵な環境で、こじんまりとした
良いイヴェントでした。皆さん有り難うございます。

22時過ぎに会場を出て、ホトケさんコテツくんらと下山。
中央高速に乗る迄のグネグネ山道は何時果てるとも無い無限地獄の
ごとし.....皆さんを送り届け午前1時頃に帰宅。

25日は高円寺JIROKICHIにてblues.the-butcher月例会。

そして30日に日比谷野音でJapan Blues &Soul Carnival 2010。
このあたりからまた次回。


道志村の道の駅にて鮎の塩焼きを食らうKOTEZくん。
大変美味かった。お土産で名産のクレソンとか買った。



道志村Natural High会場近辺。
緑が気持ち良い現場であった。



Natural Highで演奏中のSunPauloであります。
東北ツアー後
2010.05.16


東京へ戻って来て、JIROKICHIにてb.t.b。

その後17日に代々木公園でEarth Dayイヴェント出演。これ
またb.t.b。ムッシュ氏とともに。ちょっと寒かったです。珍
しく上着を着用して演奏。
Earth Dayの代々木公園イヴェント、ムッシュは初回に出演し
ていたのだそうだ。
エコ電力でブルーズを演奏してまいりました。

23日には吉祥寺 曼荼羅 でCOUCHで演奏。最近はよくカバー
曲を何曲か入れたりするのだが、なかなかタメになりますな
あ。ヒット曲、有名曲はアンサンブルに無駄がない。もしくは
無駄なアレンジがあるが、逆にそれがその曲が後々まで残る重
要ポイントだったりとか。
余談ですが、って余談みたいなのばっかだが、演奏前に蕎麦を
食べた。比べるのもなんだが、山形での蕎麦とは雲泥の差だっ
た......。山形圧勝。

25日には横浜にて「 nbsa+×÷ YOKOHAMA 2010春』という
イヴェント出演。またまたb.t.b、そして急遽Leyona姐さんの
サポートも。去年夏に何回か演奏させて頂いた曲とか懐かしい。
この昼頃から始まったイヴェント、なかなかの賑わいで盛り上
がってました。今後も良い形で発展して行くと思わせるイヴェ
ント。参加させて頂き感謝です。
帰りに横浜中華街でホトケさん達と晩飯。
どの店に入って良いのか悩みまくったが、適当に入った店が結構
美味かったです。お土産に中華まん買った。
ホトケさんが買った店で自分も買おうとしたが、他県製造を素
早く見抜いたコテツくんの助言が有り、他の店で買うおれとコ
テツくん。でもホトケさんの買ったものも美味かったらしいの
で、いや負け惜しみかもしれんけど。

28日に大阪へ。
b.t.b with LeyonaでJANUSという店で演奏。大阪でよくお世話
になる津田さん(某有名ハコのブッキングマネージャーさん)
が新しく出したお店。中々の広さでちょっとたじろぐ我々であ
ったが、いざ始まってみると沢山お客さんが来てくれた。
Leyonaさんは増々パワフルさに磨きがかかっていた。
そんで打ち上げの席では関西人の津田さんが全ての言動におい
て主役であった。「な↓んで↑?」の一言で笑いが取れるのが凄
い......前後の話を書かないと意味不明かもしれないけど。

翌日の29日に東京恵比寿のリキッドルームにてシアターブルッ
クでイヴェント出演「LIQUID HEAVEN」。
大阪〜東京駅〜恵比寿と直だったのだが、東京駅からは沼澤さ
んの車に同乗させてもらう。既に黄金週間に突入していたので
あるが、渋谷、恵比寿近辺に沢山のライトウイングの方々が集
合していた。あと小規模なレフトウイングの方々も。フェスか
よ.....。
そしてそれらを牽制する屈強なポリース関係の方々。
その後この集団同士は衝突したのであろうか?

肝心の久々のシアターでの演奏であるが、なんか沢山失敗して
完全なる不完全燃焼でした。

以上4月の動きでした。
今月入ってからはまた。
もう寝る。


全然関係ある写真がない。

ので、ツアーの写真の残り。
水戸の渋い喫茶店の外看板。
だからなんなんだ、と言われてもこまるが。



山形の蕎麦屋さんでSP盤を発見したホトケ先輩。
気がつけば
2010.05.15


何も書かずに一月以上.........。

前回は東北ツアーへ向う、という所で終わっているのだが。
勿論、無事にツアーは終了してその後も何本も演奏して、黄金週間
は通り過ぎ、もう5月も半ばにさしかかっているのだな。

今更東北ツアーについて書くのもなんなんで、それはホトケ先輩の
フォトダイアリーを参照していただくとします。
それでもちょっとは書こう。
今回はムッシュと共に回ったのであるが、初日が弘前ORANGE CO
UNTY。弘前はムッシュ氏には縁の深い土地でして、「かまやつ」
という名字はこちらから来ているとのこと。

続いて八戸A7。一昨年ムッシュと共に8時間過ごした蕎麦屋さん
「番丁庵」に今回も行った。今回はリハ終えて本番までの3時間程。
充分長居。沼澤さん待望の「せんべい汁」終演後にA7のオーナーよ
り出ました。

そしてこのバンドでは初めての盛岡。Ayano's Barというお店で。
この日はムッシュは都合により帰京したため不在。
初めての場所であるが沢山人が来てくれて有り難し。
リハ後に早めの晩飯で皆で盛岡名物でもある冷麺。タカさんと自分
はせっかくなので焼き肉も食った。焼き肉屋だったので。
終演後はそのとき焼き肉を食わなかった人もいたのでまた焼き肉屋
にいった。別の。そんでせっかくなので冷麺もくった。焼き肉屋な
ので。一日に焼き肉と冷麺を2回も食うなんてどうかしている。
ツアー中ってのは「どうかしている」ことが多い。

山形。ムッシュ戻ってきて合流。SANDINISTAにて演奏。
リハ後に山形は蕎麦が美味しいので、蕎麦屋へ向う、が、この日は
山形市中の蕎麦屋が休みの曜日であった.....水曜は山形市の蕎麦屋
は休みだ。豆知識。
胃袋が完全に蕎麦モードになっておったので、沼澤さんコテツくん
おれの三人はなんとか開いている蕎麦屋がないか駅周辺を彷徨う。
なんとか一軒発見。満足しました。
SANDINISTAはお店に集まってくるお客さんが多く、そんな若者達
が喜んでくれてよかったです。
終演後、特に打ち上げは無く、皆でコンビニへ行ってそれぞれ腹を
満たすという寂しい展開。ちょっと寒かったのでカップラーメンと
かを皆買っていたのだが、最近よくコンビニのカップ麺コーナーに
は「◯◯軒◯◯麺」とか流行のラーメン店の味再現の麺とかありま
すよね、それを買ってみたんですよ。
そしたらホテルの前のラーメン屋のカップ麺だった......感想として
は、まあ、大した事無かったです。
翌日、昼にSANDINISTAの八鍬くんおすすめの郊外の蕎麦屋へ。
凄く美味かった。店の主人はパンクバンドでギター弾いてるらしい


仙台へ。HEAVENというお店で。小さいけど雰囲気のあるよいお店。
壁のヴィンテージロックポスターが格好良い。レアもののデッドの
ポスターとかあった。皆さん盛り上がってくれて有り難う。
終演後は仙台の知り合いのイヴェンターSさんに紹介された店で打
ち上げ。マディのライヴにストーンズの皆様が飛び入りしたライヴ
DVDを皆で見て盛り上がる。出演者それぞれの立ち居振る舞いに関
して皆で勝手に妄想。ステージと楽屋を行き来するジュニア・ウェ
ルズ、楽屋から戻って来て異常にテンション上がっているのは、き
っとなにか合法でない物を注入して来たに違いないとか

翌日は石巻へ。ムッシュ氏再び東京へもどる。
毎度の事ながら移動及び物販でAさん、Mさんにお世話になる。車
で石巻へ向う高速道路途中、イカ臭い地点有り。
珍味工場でもあるんであろうか?
石巻はLA STRADAで。オープニングアクトにShambleの皆様。
こちらにもいつもお世話になってます。何回かここでは演奏してい
るのだが、今回が一番演奏し易かった。なんでもベースアンプの設
置場所がわずかに変わったのだが、それがとてもよいポイントだっ
たらしい。ステージ下の構造と関係があるのだ。
終演後は車で仙台へ戻る。疲れちゃったので解散。

福島。おなじみOUTLINEで帰って来たムッシュとともに演奏。
開演前に以前行った事のある「つやこ」という餃子メインの飲み食
い処へ。食は「セット」というメニューが基本で、これは中皿に山
盛りの「餃子」「イカ炒め」「焼き物(串焼き)」の三種である。
仕事帰り労働帰りのお父さんが集う店。うまい。
「串焼き」がなかなか出てこなくて、それは本当に存在するのか?
お通しでだされた「つけもの」が「やきもの」と聞き違えたのでは
ないのか?という議論になったが、店の人に確認したら「串焼き」
は確かに出すが、ちょっと時間がかかっていてすいません、とのこ
と。
もう串焼きを待っていると本番に遅れてしまうので、持ち帰りにし
てもらって会場へ。店をでるときには「つやこ」のつや子さんらし
き人が出て来てムッシュにびっくりしてご挨拶。
OUTLINEでは今迄演奏した中でも一番お客さんが入った。有り難や


そんで最後は水戸です。
スペースラボ バブルというこちらは初めての場所で初めてのハコ
であった。福島からローカル線で水戸へ。結構広い店で、普段はク
ラブ営業が多いらしい。オーナー曰く、もともとライヴハウスとし
て始めたが、広いハコを維持して行く上ではDJを入れたクラブ営業
を入れていったほうが集客が安定していてよいらしい。開演前に沼
澤さんの知り合いの方からお寿司やパン類を差し入れて頂き美味し
くいただきました。開演迄の時間にはすぐ脇の渋い喫茶店へ。
メルセデスベンツ好きのオーナーさんが作ったお店はその方が他界
した後にオーナーさんの知り合いの女性が店をまかされているらし
い。珈琲も美味しかったが、古き良き店で過ごす時間がまた美味し
い一時でありました。ライヴもよいかんじで終了。
その後、いつも東北ツアーに組み込んでいたいわきのBar Queenの
加藤さんの車に乗せてもらい、一行はいわきへ。
いわきは今回のツアー行程に入っていないのだが、それはBar Que
enが改装中だからである。では何故いわきへ向ったか?というと、
いつもいわきライヴ翌日にお昼ご飯を食べに行く「味希」という中
国料理店でツアーを締めたかった為。食の為にツアー行程をいじっ
ているところがさすが我々。
加藤さんの車で一時間半程でいわきに到着。
飲みたい人だけで近所のチェーン系居酒屋へ。
翌日は「味希」を堪能しまして帰路へ。


とツアーについて簡単に書いたつもりが、これはいつもとあまり変
わらんな。そこそこ長文になってしまった。

その後から現在はまた即日書きます。


山形の主催者である八鍬くんに連れて行ってもらった
蕎麦屋さん「三百坊」にてコテツくんと八鍬くん。



水戸へ向う車中からは満開の桜がよく見えた。
中央の子供は駅名看板の写真を撮るのが目的らしく、停車する
たびにベストポジションを求めて車内を彷徨っていたが、彷徨
っているうちに電車が動き出すのでがっかり、というのを繰り
返していた。
この時は皆して桜の写真を。



水戸の渋い喫茶店。その名も「BENZ-103」
明日から
2010.04.03


またツアーに出ます。
blues.the-butcher、ところによりムッシュ氏登場、ってな
かんじで東北方面をまわりますので、お時間のある方は是非に。

本日は代々木公園で「春風」に出演してまいりました。
花見がてら来ている方も多く、春の陽気のような朗らかなフェス。
平和あってのものです。

ちょっと寒かったけど。っていうかステージ上が寒くて、指がかじ
かんで辛かった。

先日の話だが、COUCHで録音をした。
Hくんエンジニアのもと5曲程。まだ何時人に聴かせられるものに
なるか分からないが、出来上がりが楽しみである。

そんでさかのぼっていくと。
3/26にディランを観に聴きに行った。
86年の武道館以来なので、24年ぶりか。
ってことは、前回の来日時のディラン氏は今の自分の歳とほぼ同じだ
ったのだな.....。ちなみに初来日の79年は田舎の厨房には行きたくても
行けませんでした。その一年程前にTVで76年のツアー(HARD RAIN
という海賊DVDで出回ってるヤツと同じ)を見たのだが、それが私に
とってのBOB DYLAN初体験。ラジカセをテレビのスピーカーの前にも
っていって、録音したのを暫く愛聴してた。

そしてその日、あんまり良い整理番号では無かったのだが、順番待っ
て会場に入っていくとまだ前方ががら空きだったので、迷わず今回は観
る方を選択。
最前列からほぼ3列目で、前方5m程の所をオルガン弾いたり、センター
マイクへとヒョコヒョコと動き回る御大。
ひょっとすると強力な風邪菌とかなら共有出来る範囲かもしれん。
という少々おかしな考えも頭をかすめた。ディランから風邪をもらう。
とか。
あ、風に吹かれてはこの日今回のツアーで初登場でした。

そして80年代に実力派アイドル的な扱いで日本でもちょっと話題にな
ったチャーリー・セクストンがギターで再度のディランバンド参加だっ
たのだが、いい感じで枯れていた。ベースのトニー・ガルニエがバンマ
スのバンドもブルーズとカントリーの風味たっぷりのシンプルな良い演
奏だった。
関係ないけどバンドメンバー及びディランも姿はデヴィッドリンチ映画
の登場人物のようだったな。

緻密さとか正確さとかあまり気にしない演奏と歌であるが、まさに詩の
為の演奏で、ディランがよくアレンジや歌い方をまるっきり変えちゃう
ってのはその時に自分の詩をどんな気分でどんな景色に乗せたいか、っ
てことか、と今更ながら納得の一夜。それがやっぱり最高だった。
とか勝手に思うが、本当はただ飽きっぽくて昔のアレンジなんか嫌いな
だけかもしんないけど。50年以上もやってるんだしな。
例の歌い方であるので幾つかの曲は全くなんの曲かわからんのではない
か、という懸念もあったが、歌い出しかサビの最後での言葉でちゃんと
わかった。昨年のツアーとほぼ同じアレンジだったようだ。

ご多分にもれずチロルチョコ(ディラン仕様)、Tシャツ等買ってしま
った。

こんなに近距離で拝む機会はもう無いと思うが、また日本に来てくんな
いかな。聴きたかったけどやってくんなかった曲とかいっぱいあったし。

ということで話はまた上に戻るけど、明日からはディランよりも三つ歳
上のムッシュと巡業にゴー。


本文と全く関係ない写真ですが、3/20のJIROKICHIに
久々に登場してくれたクボちゃん。



クボちゃんは終演後に岡崎へ帰っていきました。
クボちゃんについては過去のツアーを参照して下さい。
2月〜3月〜
2010.03.18


三寒四温を経て、ようやく暖かくなって来た今日この頃。

あんまり書いてなかったのでまとめてちょっとづつ、どんな
ふうにしていたのかを。

2/19には渋谷クアトロにてOKI DUB AINU BANDで演奏。
って、書いたところで、これは前回の最後に書いているでは
ないか、と気づく。写真の準備までして同じ事を書こうとし
ていたとはなんたるボケ。

2/20に原宿BEAMSのギャラリーでblues.the-butcherの演奏。
写真家菅原さんの展示(写真展「DUST MY BROOM」-クロー
ジングパーティー)に合わせて1時間程の演奏だった。
ライヴハウス等での演奏では無いので、いつもと勝手が違うか
とも思われたが、いつもと変わらず。楽しい演奏で楽しい一日。
大きく引き伸ばされた菅原さんの写真は素晴らしく、我々のフ
ァーストアルバムジャケットの撮影場所で撮られた写真が感慨
深し。

2/27には横浜ベイホールでblues.the-butcher。
濱JAMに出演。Leyonaゲスト。一月前のツアーの余韻がまだ
ある演奏。GO GO POWERは最高に格好良い。

3月に入ってTheatre Brookのレコーディングが再開。
リハで今回録音分の3曲を確認。

3/7はblues.the-butcherで鮎川さんと演奏。場所は隔月になり
つつある元住吉POWERS2にて。BluesでR&Rな一夜でした。
真横で鮎川さんのレスポールサウンドが聴けるとはありあがた
や〜。(「ありあがたや〜」、ってなんだ....あがた森魚か....)
ありがたや。
しかしこの日は残念な決定もあり。予定されていた3/13、14の
シーナ&ザ・ロケッツとの沖縄公演の中止決定......諸事情により。
楽しみにしていた方々、申し訳無い。近いうちに実現させたいで
す。

3/9にTheatreでレコーディング。今回も3曲録音。格好良いもの
が録れた、と思う。これで自分が演奏するベーシックは全て完了
した。自分の演奏に関しては、なんだかあまり余計なことを考え
ずに素直に進められたのではなかろうか。歳をとったともいえる。

3/16にそのアルバム用のジャケット撮影。
場所は秘密。その他あんまり書くと楽しみがなくなるので書きま
せん。ただエマーソンがカッコ良い。スタイリストの望月くんは
「フェラーリに乗ってそう」って言ってた。


そんで、ある方からさんざん買えと言われていたカーナビをつい
最近取り付けました。とりあえず自宅を登録。
これで車で迷子になっても自宅へは必ず帰れるのですね。


原宿BEAMSにて。
ギャラリーの外にあるベランダ的スペース。
関係者以外は入れませんので、このような看板が
反対側から拝めるというのもなかなかオツですね。



濱JAMにて。
謎の覆面グループDEEP COVERは二人組のはずだったが、
なぜかもう一人余計な人(左)が紛れ込んだ。
「シャッフルの弾けるギタリストはいりませんか?この
グループで、シャッフルビートはどうですか?」とさかんに
売り込んでいたが「いりません」と断られていた。



もう一人の余計な人、捕獲。
つかまった宇宙人と捕まえたKOTEZくん。
つかまった人はなぜかおれの眼鏡まで知らぬ間に拝借して
いた。
ツアー以後の話
2010.02.20


全然書いてなかったので、溜まってしまった。

静岡から帰って来てからは、すぐ翌日からシアターブルックの
レコーディングリハ&レコーディングだった。
ベーシックを4曲。いずれも基本部分では良い出来になった、と
思う。皆仕事早い、というか大体テイク1か2が採用で、3以降は
エンジニアの省二郎さんにもダメだしされる。
確かに何回かやり直して行くと勢いも無くなるし、余計な
ことやりだす分、イケてないですな。
個人的に何回かやり直した部分もあるが、録音しつつ、なんか余
計なことやってんな感、強し。でもまぁ後々まで残ると思うと、
こだわってしまうのだが、フィルとかにこだわってしまった自分
はまだまだ未熟ものです。帰って来てから、ちょっとそんなこと
を考えたりしてしまった。
これで7曲基本部分が出来た。3月中にアルバム分のベーシック完
了が目標。

それからその間の12日は月例のb.t.b@JIROKICHI。
長期ツアー中に皆で練習した新曲とかも披露。ホトケ先輩のスラ
イド曲増加計画によりエルモアを追加。あとKOTEZくんのリトル
・ウォルター曲も追加、格好良し。
終演後にJIROKICHIマスターのワオさんの誕生会。
56歳、おめでとうございます!なんだかんだで、一番世話になり
つつある箱の店主&PAエンジニア。これからも一層元気で一つ宜
しくお願い致します。

そんで今度は18日のCOUCHのライヴに向けのリハ。
なんと今年に入って初の顔合わせ。さすがに2月半ばでは「明けま
しておめでとう」の挨拶はなかった、が、心の中では「明けまして
おめでとう」と言ってみた。
こちらも新曲を練習。あと共演バンドとのセッション曲の練習。
どちらもよく知っている曲だった。キャロル・キングとCSN&Yの
Sの有名曲。

あ〜、このb.t.bツアーから戻ってからは実に寒い日々でした。い
や今も寒いけど。

18日にCOUCHで吉祥寺マンダラ2にて。共演タマコウォルズ。
いつぞやの赤坂で共演して以来。
しかし、実に個人的にツボのバンドです、彼ら。お客として楽しん
でしまった。
サザンロックだとかブルーズロックだとかアメリカ系ジャムバンド
だとかの要素がベースにあるんだろうけど、なんかバランス良いん
だよなぁ、全体的に。
西池さん鳥羽さんのギター2本の絡みとか河野くん中原さんけっちゃ
んの重心が低いリズム隊の格好良いグルーヴだとか、それに彩りと
更なるリズムアクセントを付ける佐藤くんのキーボードとか。
野外フェスとかでも聴きたいです。
また一緒にやりましょう、と話がまとまって、まあ正式に決まった
わけではないが、是非またやりたい。
後で知ったが、ギター&ヴォーカルの西池さんは、年上かと思って
いたが、年下だった。そんで鳥羽さんは同い年だった。どうでもよい
ことだが。
あ、最後の皆でのセッションの時には青山陽一さん登場。
青山さんも作る曲とかギタープレイとかすごくツボなアーティストだ。
お忙しい中ありがとうございました。

引き続き19日の昨晩は、渋谷クアトロにてDUB AINU BANDで演奏。
OOIOOが対バンでした。
女性だけのバンドが出すパワーはやっぱ凄い。そんでまた凄いバンド
なので参る。
なにが凄いかって、言葉で上手く言えませんが、とにかく凄い。なん
かよくわからんが、子供を産んだり出来る人達から出てくるものには
やっぱかなわん、とか思った。
DUB AINU BANDは先月やったメニューとほぼ同じかんじであったが
、途中、OKIさんのサハリン紀行のMC有り。今日はOKIさんに会って
からすぐサウンドチェックがあり、その後OKIさんは親類の葬儀に行
ってしまったので、サハリンの話は聞けないでいたのだが、このMC
で聞く事が出来て良かった。近い様で遠いサハリンは実は遠い様で近
いのである。トンコリのふるさとの一つ樺太(サハリン)行はOKIさ
んに色んな物をもたらしたようである。

明けて今日はb.t.bでBEAMSにて演奏。写真家菅原さんのイヴェント
です。


シアターブルックの録音。
終了して片付け中。



2/18吉祥寺マンダラ2にて、COUCHとタマコの
セッションリハ。曲の確認をする平泉くんと西池さん。



2/19渋谷クアトロにてDUB AINU BANDリハ中。
無事
2010.02.09


12日間連続のツアーを終え帰ってまいりました。
各地来てくれたお客様、手伝ってくれた方々、有り難うござ
いました。

厳密には1/27日も浅井くんの演奏があったので、13日連続
という事になるが、これだけ演奏の日々が続いたのは初めてだ。

そして凄く暖かい一日、いや暑い一日。
昨晩の演奏後の飲酒が終わったのが、ツアー最終日ということ
もあって、なんと朝の5時過ぎまで飲んでいたのだが、帰る為
に外に出たら、いきなり温い空気が漂っていて驚いた。
でも今日のような冬の気温の高い日というのは乾燥していて、
どこか吹いている風が外国の臭いがするような感じであった。

しかしながらまた寒くなるらしい。


ツアー中の写真は、なんか載せてよいものか迷うもの
が多数、それとネタ的にホトケ先輩の日記とかぶるもの
も多いので、ホトケ先輩のショット中心。

京都磔磔にて。歩くとちょっとあるホテルまでの道のり
をリハ後に磔磔の自転車を借りて戻るホトケ先輩。
ご機嫌です。



去って行くホトケ先輩。

この後、すぐ忘れ物をしたとか言って戻ってきた。
12日間
2010.02.08


続いたツアーも今日が最終日。只今、静岡へ向かう車中。


ツアー中の事件その2。
宇部駅にて、列車の臨時運休が発覚。
乗り継ぎの事を考えて、新幹線の切符の払い戻し
を駅員に要求するも、駅に金が無い、というわけ分からん
理由にて、一悶着。特急料金約¥4000程も置いていない
というのが理解に苦しむ。
クレームを付ける永井さんだが、老獪な駅員は温い笑顔で
払い戻しは出来ませんを連発。
駅員曰く、到着先の徳山で払い戻しをしが出来るから、そ
うしてくれ、とのこと。



そんで徳山駅の窓口で払い戻しを求める永井さんであるが、
またここで役所仕事的なたらい回しのあげくに、逆にこれ
が正当な払い戻しなのか逆に疑われたりして、とうとう
永井さんキレる。
しかしキレられると弱気になったJRさんは払い戻し手数料
は要りませんから、とか言う始末。どうなっとんの。



ツアー中の事件その3。
徳山にて。
宿泊先のホテルがボイラー故障とかにより、お湯が出なか
ったのである。

不可抗力にはやんわりと注文を付ける永井さん。キレません
でしたが、なにか煮え切らない空気が背中から感じられます。
ツアー中
2010.02.01


名古屋〜豊橋〜神戸ときて、昨日は尾道
でBLUESとROCKのフェス。手作りの新しく
始まったフェスであるが、また開催出来る
とよいな。
出演者関係者皆さんとの終演後の宴会も大
変盛り上がりました。
色々と大変だったであろう実行委員の皆様、
お疲れ様でした。そして有り難うございました。
本日は今治。天気はあまりよろしくない。
前回今治と伯方島でお世話になった阿部住職
にまたお世話になる。
訳あってその阿部さんのお車を運転して今治
に只今到着。


ツアー中の事件1。
永井さんはスーツケースを乗り換え前の新幹線
に忘れるという大失態。
乗り換えて乗った新幹線の乗務員に、事の次第
を伝え、荷物があるかどうか、確認中。



荷物の存在がちゃんと確認出来ずに呆然と
する永井さん。しかし、若干芝居がかって
いるのは否めない。余裕からかあきらめから
か.......。そしてそれを撮影するタカさん。
それを撮るおれ。
皆、あまり真剣に心配していないところがなんとも。



阿部住職の車をお借りして、今治から広島へ向う
我々は、瀬戸田のSAにて休憩。
NHKホール終了
2010.01.28


これで浅井くんのツアー行程が全部終了した。
とりあえず関わった皆様、お疲れさまでした。そして有り難う。
取り急ぎなので、また後日。

明日からはシャッフルビートの修行に出ます。12連ちゃん。


サウンドチェック中の椎野さん。



同じくサウンドチェック中。
シルエットだけ。
MERCURY最終日
2010.01.27


本日。

1/22は名古屋にて。
愛知勤労会館という古くからある感じのホール。
久々のホールでの演奏は、皆の楽器それぞれの音は確実に気持ち
良く聞こえるのだが、こう、なんというのか自分の音の居場所に
戸惑う感じだった。ライヴハウスでのごちゃっとしたステージ上
の感覚の方が一体感を感じて演奏し易い。
演目自体はホールに合わせて少し変わった。
リハ中にも今後の予定曲を何曲か試す。
椅子席のせいもあり、演奏中に見えるお客様方がなんだかもどか
しそうだし、各自のスペースがあるのが隙間に見えてなんだか妙
だった。
しかしながらよい感じで終了。照明とかも素晴らしかったんでは
なかろうか。

その後はもつ鍋屋〜ベンジーの知り合いのお店へと。
カウンター席で見た80’s物の音楽ヴィデオ、どの曲も知ってて笑
えた。80’sの音楽自体はリバイバルしたが、ケミカルウオッシュ
のジーンズはリバイバルしなかったな。

翌日は大阪へ移動して一日オフ。

大阪で休みというのはあまり無いので、せっかくだから、親戚(
父の弟)を訪ねた。15年振りだろうか。
おじさんは大阪の中心部から電車で40分程の街でたこ焼き屋さん
をやっている。
何の知らせもせずに訪れたが、そうとうびっくりしたんじゃなかろ
うか?お店ではたこ焼きにいか焼きにビールを御馳走になった。
これも25年振り位に食べたが、美味しかった。
いただきながら雑談等し、その後、案内してもらって、もう一人の
おじさん(父の兄)が住んでいた家に行った。
父の兄は昨年の2月に病気の末他界したのだが、15年以上会わな
いまま亡くなった。
生涯独身だったこのおじさんは母親(つまりおれのおばあちゃん)
と同居していたのであるが、そのおばあちゃんは既に20年位前に
亡くなっている。その後、おじさんは一人で住んでいたのだが、
病気をして、昨年に亡くなってしまった。
主のいなくなった家は、結構荒れていた。というか、身体を悪くし
てからあまりちゃんと掃除を出来ていなかったのと、遺品整理の為
の掃除のしかけ、というのもあるのだが。
部屋の中はそれでも懐かしい空気と雰囲気があって、それは子供の
頃に泊まったことがあったからなのだが、いろいろとおばあちゃん
や亡くなったおじさんの事を思い出して、ちょっと涙が出そうにな
る。まだ生活感が若干残っていることもあるのだろう。
テーブルの上にはかかりつけの病院に関するメモもあったし。
あとおばあちゃん宛の封筒を開けると、おれの両親の結婚写真とか
も出て来た。
一通り部屋を歩き回って、形見分けじゃないけど、クローゼットか
らおじさんのネクタイを二つもらってくる。

その後、家を後にしてたこ焼き屋さんへ戻り、おいとました。
おじさんは駅迄丁寧に見送りしてくれたが、また時間が出来たら、
来よう。
なんだかちょっとしんみりしたが、よい一日だった。
会える機会がある時には会わないとだめだね。

翌日は大阪の芸術ホールにて演奏。
あまりリハしていない曲をしょっぱなに2曲もってこられて、驚いた
が、このバンドで長くツアーをやっていたせいか、問題無かった。
名古屋よりも更にホール向けの演目に変化し、いよいよラストへ、
というかんじか。

そんなわけで、今日が最終日。よいライヴにしたい。


名古屋のステージにて。
自分の楽器まわり。

照明テスト中。



たこ焼きいただきました。
ここはソースがかかっていない状態で出してます。
たこ焼き自体にほんのり味がついており、お好みで
酢醤油、またはソースを少量付けて食べる。
外カリカリの中ふわふわ。
久々に
2010.01.19


家でゆっくり。なにもせず。
遅く迄寝てて、起きてからツアーから持ち帰った洗濯物の洗濯。
洗濯する時間が遅いと、本日中に乾かなかったりするが。

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特に大きな出来事もないので、ツアー中の写真とかのせる。

今回はあまりに絶景だったので、3枚連続で。


浅井くんのツアーで広島へ向う飛行機の中から。

窓側だったので、外を暫く眺めていたら。



おお、あれは富士山。
CAさんも、左手眼下に富士山がご覧になれます!と



こんな風に見る事可能なのはこの路線ならではかな?

しかし凄い眺めで、あらためてこの山の美しさを
堪能。ちょっと怖い様でもあるが。
45歳になった
2010.01.18


本日。
90歳の半分迄到達した、ということであり、あと15年で
60歳ということか。

昨日は福岡にて浅井健一氏のライヴツアー「GOD MOTEL」
の最終日であった。
ダブルアンコールで演奏したり、急にベンジーが「博多と
言えば何?」と聞いて来たり、なかなか普段無い展開で、
面白かったんではないでしょうか?
ちなみにメンバー全員に尋ねていたが、一番最初だったので
、非常に当たり前である「明太子だろ」と答えてしまいました。
ちなみに深沼くんはラーメン、椎野さんは博多美人、美央
ちゃんはモツ煮、って答えてた。
しかしモツ煮じゃなくてモツ鍋でしょ、って終わって皆に
つっこまれてたが。

終演後は打ち上げで皆さんに祝っていただき、照れくさかった
が嬉しかった。有り難うございました。


ライヴハウスまわりのツアーはこれにて終了。あとはホール
ツアーを3本。この何ヶ月かの集大成になるのであろう。

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この何日かを少し。

8日には元住吉POWERS 2 にてblues.the-butcher。
いつもゲストを迎えての演奏だったが、この日は単独で。
Stumble Bumとの2バンドでのライヴだった。
Stumble Bumは知り合いである笠原トシさんがやっているバンド
であり椎野さんもドラムを叩いたり(今回は違って菅沼さん)、
知り合いのギタリスト大西ツルさんがゲストで入ったりと、縁の
ある面々の方々。すごく良いバンドだった。

9〜11日は浅井くんのツアー再びで、新潟〜仙台〜酒田と。
会場で演奏→バスで次会場のある街へ移動となかなかハードであっ
た。今回のツアーではこのパターンが結構あったのだが、前の日に
会場のある街に入るのは演奏当日にゆっくり出来て良い。
昼間に散歩出来たりして、街の雰囲気がよく分かるし。

昨年末に延期になった酒田、ライヴが出来て良かった。聴きに来て
くれた方々や演奏する側にも特別な空気があった気がする。


12日は酒田から戻り、ブルーノート東京へ。
blues.the-butcher with ムッシュ。
ムッシュ氏の71歳のお誕生日に一緒に演奏出来るとは。
良いコンサートだった。おめでとうございます!これからもまた宜し
くお願いします。


13、14日はDUB AINU BANDのリハ。
久しぶりのDUB AINU BANDでの演奏。難曲もあったが、ライヴに向
けよい感じで進行。
そして15日に渋谷クアトロにてDUB AINU BANDで演奏。
最初暫く緊張したが、やってるうちにどんどん楽しく演奏出来た。
今回はキーボードで北村さんも参加。キーボードが入るのは初めて
という事だったが、北村さんが入るとOKIさんのトンコリソロの自由
度が更に増したんじゃなかろか。和音の枠組みを作る以外の鍵盤演奏
が上手いし、相変わらずアンサンブルの中での存在感の絶妙さ。

終演後は早めに解散。OKIさんはその後仕事でサハリンへ向った。

駐車場から車を出して帰ろうとしたら、自分の上着のポケットに誰か
の携帯電話が入っていた。
「あ、誰か上着を間違えて携帯を入れた!」と思ったら、携帯が鳴っ
たので出るとこれはDUB AINU BANDの太さんの携帯と判明。
冬場の楽屋には黒っぽい色のダウンジャケットが沢山あるのだ。
以前、ムッシュは間違っておれのダウンを着て帰ろうとした事があっ
たのを思い出しました。すっかり着こなしているご本人に「あの、そ
れおれのです」って。

その後、無事携帯を本人に渡して帰宅。

翌日新潟へ向ったのであった。
(上に戻る)


ケーキまで用意していただいて、すいません。
有り難うございました。



酒田の商店街にて。
酒田の大獅子、って書いてあった。
昼過ぎに散歩した。



ブルーノート東京の楽屋にて。

今回は上と下が誕生ケーキの写真。
明けましておめでとうございます
2010.01.05


本年もどうぞ宜しくお願い致します。

ちゅうことで、昨日4日から仕事はじめ。
かと思ったが、厳密には元旦1時半頃に横浜で演奏したからそれ
が2010年の仕事はじめか。
いやぁ、慌ただしい12月30〜1月1日であったな。
浅井くんイヴェント出演の大阪から戻り九段(浅井くん)〜銀座
(b.t.b)〜横浜(b.t.b)。
帰宅は午前3時半。
どこで新しい年を迎えたかというと。
銀座で演奏を終えたblues.the-butcherのメンバーは新年は横浜
でムッシュを囲みというのが、理想、いや実際0時にはサムズに
到着しといたほうが安心だろうという事もあったので、銀座での
演奏後は大慌てで横浜へ車を走らせる。
車はわたくしと同乗KOTEZくん号、まーくんと同乗ホトケさん号
、沼澤さん号の三台で横浜へ向ったのだが、三台で連なって確実
に全員で同じ時間に到着の為、連なって首都高へ。
しかし、乗ってすぐに料金所ではぐれる。

まーくん号は先頭を走ったまま見えなくなる。が沼澤さん号を発見
、付いて行った。(これはETCが装備されていない我が号を沼澤さ
んが待っていてくれた為でもある....)
のだが、なぜか首都高分岐で道を間違え、銀座〜上野方面を迷走。
若干の時間ロスで正しい道を邁進するのであったが、これは横浜
着がギリギリになる可能性タカシ。

なんとか、横浜の三沢インターを2010年の15分前位に降りる。
「これならギリ間に合う」と遅れをとったわたくし、KOTEZ、沼澤
の三氏は思ったのだが、ここでなぜか先頭を走る沼澤さんがサムズ
へ向う道を間違えてしまった。
が、がむばって戻り、あと10分。
「おお〜これならなんとか」と思った矢先に回り道脇道の無い状態
にて事故渋滞にはまる。

しっかり10分程車は微動だにせず。アウト。
よって事故渋滞の車中にて、延々と続く赤いテールランプを眺めな
がら「おめでとうございます」「あ、おめでとうございます」と新
年をKOTEZくんと野郎二人で祝ったのであった。
大切な人と迎える新年........。
KOTEZくんは大切な人であるからして、間違いではない。

その後、0時15分頃にサムズへ到着、ムッシュや先に到着の永井さ
んと合流して、新年の挨拶〜演奏。よいライブをやって帰宅。

まあそんな年明けもあるわな。

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で再始動のTheatre Brookでレコーディング用のリハ。
新曲を三曲程確認&練習。昨年より少しずつチェックしつつ
ある曲もあるので、比較的スムーズに進んだ。
まだ1月の4日ではリハーサルスタジオも閑散としていた。
そのリハスタジオは本当に久しぶりの高木家。
高木さんとの新年の挨拶も「おめでとうございます、ご無沙汰し
ておりました、お元気ですか?」なんてかんじであったが、どうやら
5年振り位らしい。キビシ談。

この日よりリハ、レコーディングと続き、そのままライブ、ライブ、
ライブとなって行く。
1月もなかなかハードであるが、新年早々忙しいのは有り難いことだ
と思おう。


恒例の箱根駅伝見学、行って来たが、自分の実家そばの4区まで母校
が首位を走っていた。これはすごい。その後が残念な展開になってし
まったが、またシードはとったし、何気に古豪復活していってるのか。
なんにせよ、走った学生の皆さんご苦労様でした。順位はどうであれ
あれだけ走る、あの状況を走る、ってことだけで尊敬ですよ。


2009大晦日、イヴェント出演での浅井くんのライブリハ。



この怪しい男(あ、髪は長いけど男、おっさんです)
は何を、夜の銀座の駐車場でいったい何をしているのか?

衣装に着替えである。
博品館の楽屋があまりにごった返していた為、車の中で
着替えようとしていたのですが、車内でズボンがはけぬ、
と言い、いきなり真冬の車外でズボンの履き替え。

ワイシャツにパンツ一丁状態@銀座。
警官が通らなくて良かったですね。



駅伝見物。
正月の恒例。左下にランナーの足が写ってる。
ちなみに母校の4区ランナー。首位。

こんな写真しか撮れなかった........。
というか、もの凄いスピードで通過していったので
あった。
連写にせんと当然ダメだな。